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5-5:少女への贈り物 上

 サンシラウの村を発ってから次の日には、ソフィアもいつも通りの調子に戻っているかのように見えた。もちろん、それは単純に彼女なりの強がりだったのかもしれないが。


 そしてまたそこから数日、王都へ向かう道中に立ち寄ったとある町で、近くに魔獣が大量発生して困っているという事情を察知した。軍が強力な町でもなく、討伐隊を組織するにはそれなりの時間もかかるということに上乗せして、路銀を稼ぎたいという意図もあって、自分たちが魔獣討伐を買って出ることになった。


「……第五階層魔術弾装填、ファランクスボルト!」


 ソフィアの杖の先端から無数の光線が走り、森の中に蠢く虫型の魔獣たちを貫いていく。大量発生しているのは蛾のような魔獣で、その羽を開くと全長一メートルほどの大きさがあり、巨大な牙を持つ――視覚的に中々きつい相手だ。しかし、生命力と耐久力はそこまでではなく、また魔術を無力化されることもないので、ソフィアの魔術の格好の的になっている。


 粗方の敵が片付いたのを見て、ソフィアのレバーを引いて一息ついた。


「ふぅ……これで終わりかな?」

「……いや、まだだ!!」


 背後の茂みの方にまだ残る気配を察知し、慌ててソフィアの方へと向かう。茂みから飛び出る魔獣――エルは遠く、クラウも間に合わない位置。魔獣の牙がソフィアに降りかかる直前に、奥歯を噛み――魔獣の殺気に脳が反応してくれたのだろう、加速した世界で少女に牙が触れる寸前で魔獣の前に立ち、左手のパイルバンカーのスイッチを入れる。


「……おぉおおおお!!」


 音が戻ってきた世界で、自分の声と火薬の炸裂する音が響き、ソフィアに襲い掛かってきていた魔獣が後方へ吹き飛ぶ。すぐにクラウが駆けつけ、遅れて来た一体を蹴り飛ばし、残りは一気に後退してきたエルの太刀で切り伏せられた。


「……今度こそ終わりですか?」


 加速と火薬の反動で痛んでいる自分に回復魔法を掛けながら、クラウがそう聞いてきた。和らぐ痛みの中で改めて神経を尖らせ、辺りに気を配る――すでに生物の気配は、この場にいる四人のモノのみになっていた。


「ごほっ……あぁ、今度こそ終わりだ」

「ふぅ……お疲れ様です、アラン君。それに、エルさんとソフィアちゃん……も……」


 クラウの語調が下がっていったのは、その視線の先に三つ編みが解かれて普段と雰囲気が違いつつ、数日ぶりに目に見えて意気消沈をしているソフィアの姿を確認したからだと思われた。


 魔獣の気配が無くなったのを自分が確認して、町に戻る間も、ソフィアの落ち込みは晴れなかった。


「……私が禁止したのに、ADAMsを使わせちゃった……私の不注意で……」

「ま、まぁまぁソフィアちゃん、アラン君なんか放っておけばいくらでも生えてきますし、そんなに気にすることでも……」


 お前は俺のことを何だと思っているんだ、と心の中で突っ込みつつ、今回は本当に短時間の加速であったし、自分の負荷など大したことでもない。それに、ソフィアが無事なことの方がよっぽど意義があるのだから、クラウの言い分が良いかは置いておいて、そんなに落ち込んでほしい訳でもないのだが。


 ともかく、クラウが慰めてくれているが、ソフィアの方が中々復調する気配がない。それを見かねてか、隣を歩くエルが肘でこちらの脇を小突いてきた。


「……アラン、アナタがなんとかしなさい」

「なんとかって……どうすれば?」

「どうするもこうするも……アナタのことで落ち込んでいるんだから、声をかけてあげなさいよ」


 確かにエルの言い分は一理ある。こういう時のソフィアは一人で抱え込んでしまうので結構厄介なのだが。それでも自分のために心を痛めてくれているのだし、声を掛けるだけでも良くなるかもしれない。そう思い、歩調を落としてクラウと挟む形でソフィアの隣に並ぶことにする。


「気にしないでくれよソフィア。クラウの言い方は大分アレだが、それでも確かにこう、ピンピンしてるからさ……ともかく、ソフィアが無事でよかったよ」

「……でも、私、いっつもアランさんに護られてばっかりで……」


 なるほど、毎度のことながら、少女の悩みは中々複雑らしい。要は禁止していた技を使わせてしまったことに上乗せして、度々窮地に陥っている自分自身も許せないとか、そういう感じだろう。


「いやぁ、今回は敵の数も多かったし、それに本当は俺が索敵をもっとしっかりしていれば問題なかったはずだし……」

「でも……」


 元気づけるつもりが、更に意気消沈させてしまった。ソフィアはまだ杖を強く握り、俯きながら歩いている。どうしたものか、困ってクラウの方を見ると、ソフィアの右肩辺りをちょいちょいと指さしている――そう言えば、先ほど魔獣にかすられてリボンが切れて、髪がほどけてしまっているのだった。


 お気に入りのリボンだったらどうしようか、それもあって意気消沈しているのかも。ともかく謝らねば。しかし、物憂げな表情に、少し伸びた髪のソフィアを見ていると――。


「……全然関係ないけど、髪を下ろしているとちょっと大人っぽいな」

「……ホント?」


 何となく出た一言だったが、意外にソフィアの心には響くものだったらしく、まだ沈んでいる中でも多少は眼を輝かせながらこちらを見ている。対するクラウは一瞬は自分の一言に驚いていたものの、ソフィアの反応が良いのを見るや否や、すぐに何かを閃いたのか口角を上げた。


「そうですねぇ、いつもの三つ編みも可愛いですけど、これはこれでいい感じですよ、ソフィアちゃん……それに最近、背も伸びてきてるんじゃないですか?」

「そ、そうかな……?」


 今度はクラウの方を向いて、ソフィアは「えへへ」とはにかんでいる。なるほど、この前も子ども扱いすると怒っていたし、最近の少女のトレンドは成長なのかもしれない。


「うーん……これからは髪は下ろしておこうかな?」

「それもいいかもしれないですけど……アラン君はどう思います?」


 クラウから質問を振られると、ソフィアがまた食い気味にこちらを見てくる。


「そうだなぁ……俺は結構、編んでるのも好きだな」

「そ、そっか……それじゃあ、やっぱり編むことにしようかな」


 そう言いながら、ソフィアはやっと杖を背中に戻し、右肩にかかる髪を触りだした。ちょうどそのタイミングで、前方のエルが歩きながら振り返ってこちらを見てくる。


「そうだアラン、魔獣討伐の報告をお願い。ソフィアと一緒に行ってきて」


 何故に自分とソフィアなのか。そのチョイスは不明だったが、隣の少女がキラキラとした目でこちらを見上げている。


「アランさん、一緒に行こうよ!」

「そうだなぁ、一緒に行こうか」


 一緒に行ってソフィアが元気になるのなら安いものか。そう思って快諾することにした。その傍で、今度はエルはクラウに向き合っている。


「……ちなみに、私たちは雑貨を買いに行くわよ、クラウ」

「げぇ! 宿でノンビリじゃないんですか!?」

「アランとソフィアに全部押し付けることもないでしょう……いいから行くわよ」

「ぬーん……迷子にならないように手を繋いでくれます?」

「……やっぱり置いて行こうかしら」


 ふざけるクラウに対して、エルは眉間をつまみながら頭を振っていた。

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