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5-3:咎人の謝罪 上

 部屋に戻り、ベッドに横になりながら考え事を始める――ジャンヌの記憶が無くなったのは、果たして本当に七柱の手によるものなのか否か。七柱のせいと決めつけてかかっていたが、実は本当に魔王に操られており、ブラッドベリが倒されたことで洗脳が解けたという可能性はないか?


 しかし、以前にレヴァルでソフィアと話をしたとき、恐らく彼女は操られているわけではないと言っていた。またジャンヌ自身の態度から見ても、レヴァルにいた時点では操られているようではなかった。更に言えば、ブラッドベリが洗脳などという回りくどいことをするのも考えにくい。


 ほかに考えられる可能性は、ゲンブが洗脳していた可能性。アイツならそれくらいのことは出来そうだが――しかし、奴はまだ存命しているので、洗脳を解くメリットも無いだろう。それに、アガタの「大丈夫にした」という表現からしてみても、やはり七柱が噛んでいると想定するのが自然に思われる。


 そうなってくると、このことを自分の中でどう扱うかが問題だ。人の心を踏みにじる行為は間違っている。それはレムにも伝えたことであり、その考えを曲げる気はない。むしろ頭を悩ませるのは、この件ならびに今後膨れ上がっていくであろう七柱への懸念を、どこまで少女達に隠し通せるか、ということだ。


 七柱にとって都合の悪い思考は矯正される――思考が読めるのはレムしかいないと聞いているが、それが本当かどうかは定かではない。それにレムが自分の味方寄りと言っても、レムにはレムの目的があり、絶対の味方とは言い難い部分もある。


 そうなった時に、少女たちをこれ以上巻き込むのも危険なのかもしれない――ちょうどそんな風に思っているときに、部屋の扉が小さく叩かれる音がした。


「……アランさん、私だよ」


 もはや声と呼び方だけで誰だかわかるようになっている事実が少しおかしいような、嬉しいような気もしつつ、同時に一番聡く、なかなか隠し事が難しい相手が来たかと少し厄介な気持ちにもなり――ともかく上半身を起こして足を床に下ろしつつ、「開いてるよ」と返す。


「アランさん、こんばんは!」

「あぁ、こんばんはソフィア……しりとりでもしに来たのか?」

「違うよ! えっと……」


 ソフィアは一階、警戒するような素振りで背後を振り返り、恐らく誰もいないことを確認したのだろう、その後に扉を閉めた。


「……アランさん、なんでジャンヌさんに、レヴァルでのことを話さないようにしたの?」

「そりゃ言った通りに、知らないほうが良いことだってあるからな……せっかく忘れてるんだ、変に蒸し返すこともないさ」

「……本当に、それだけ?」


 ソフィアは扉の前から動かず、ただじっとこちらを見つめてくる。


「以前言った通り、私はジャンヌさんが操られていたとは思えないんだ。もちろん、私が間違えている可能性もあるけれど……仮に操られていなかったとしたら、ジャンヌさんの記憶がおかしくなったのはのは誰の手によるものだなんだろう?」

「……さぁ。異端審問をしたのは教会だし、教会の誰かじゃないか? 何なら、アガタにぶっ飛ばされたときに記憶が飛んだのかもしれない」


 そう冗談のように言ってみたが、ソフィアは納得していないようだ。そして実際には、自分の方ではなんとなくだが察しはついている。ジャンヌは、表にいるときは思考を隠す訓練をしていたと言っていた――つまり、彼女の記憶が改竄されたのは、背信を許さぬルーナか、あまり考えたくはないが思考が読めるレムか、いずれかの手によるものだと。


 しかし、それを明言してしまうのも危険だ。そう思い、敢えて言葉を濁すことにした。ソフィアは自分の回答に納得しているのかしていないのか、しばらく押し黙り――ジャンヌが浮かべていたのと同じような不安を、その瞳に宿らせてこちらを見ている。


「私はね、アランさん……正直、怖いと思ったよ」

「……ジャンヌが俺たちのことを忘れてしまっていることが?」

「それもあるけれど……ジャンヌさんが、まるで自分が自分でないような気がするって言ったこと。それが、すごく怖いなって……」


 ソフィアは一旦そこで言葉を切り、小さく首を振る。


「うぅん、きっと正確には……私は、今日の違和感を知っているような気がする。それが怖いんだ。それが何なのか、正確には分からないんだけど……」


 それを聞いてハッとする。レヴァルで一度、ソフィアの情緒がおかしくなった時があった。ジャンヌは記憶が無いだけで情緒はしっかりしているものの、まるで別人になってしまったかのような違和感――確かにそれに近い感じはする。


 あの時のことを、ソフィアは明確に記憶しているわけではないのだろう。それでも、体が覚えているという事か――少女は自身の体を抱いて小さく震えている。


「……ソフィア」


 ベッドから立ち上がり、少女の前へと移動して、振るえる肩にゆっくりと手を置く。


「大丈夫、ソフィアはソフィアだ」


 ソフィアは一瞬は置いた手の方を見たが、すぐに再び不安に揺れる瞳でこちらを見上げてくる。


「……もし、私が記憶を失ったら……ジャンヌさんとは違って、ちゃんと何があったか話してくれる?」

「それは……」


 大きな碧色の瞳を前に、自分はすぐに返答することが出来なかった――それを話すことは、少女自身を更なる窮地へと追い込む可能性があるのだから。そしてそれを何となく察したのだろう、ソフィアは悲し気に目線を落とし、小さく首を横に振った。


「……アランさんは、話してくれないんだと思う。話したら大変なことになるって、アランさんは思ってるから……自分の事なんか忘れてくれてもいいやって、きっとそう思って、何も話してくれないの」


 先ほど悩んでいたことが、こんなに早く現実になるとはなかなか皮肉なことだ。そして、自分がジャンヌに対して何も話さないという選択肢を取ってしまったからこそ、ソフィアに疑念を抱かせてしまった。


「……私はイヤだよ、忘れたくないよ……自分の気持ちが捻じ曲げられて、大切なことが抜け落ちてしまうなんて、そんなの……」


 少女の意見はもっともだと思う。記憶や気持ちを捻じ曲げられることは、人としての尊厳を失う事――そう思えば、自分は先ほど、ジャンヌにレヴァルでのことをきちんと明かすべきだったのではないかとも思う。


 しかし、その選択肢を取らなかったのは、やはり尊厳を失うこと以上に、人として未来がなくなることの方を防がないといけないと思ったからだ。そういう意味では、自分の選択が間違っていたとも思わない。


 だから、仮にソフィアの身に何かあった時にも、自分は何も話さないかもしれない。しかし、それは目の前の少女のことが大事でないからではない――それを分かってほしくて、海都ぶりに改めて少女の金髪に手を添える。


「……ソフィア、約束するよ。確かに、俺は全部は話さないかもしれないけれど……でも、仮に君が記憶を失っても、きっと側にいるからさ」

「……きっと?」

「あはは、ごめん、きっとじゃないな……絶対だ」


 そう言いながら少女の細やかな髪を撫でると、しかしその下で少女は唇を尖らせているのが見える。


「むー……アランさんはいっつもズレてる。私は、今の気持ちを失いたくないのだけれど……」

「おっと……」


 なんやかんやで、准将殿との会話は一番難しい気がする。エルやクラウと話している時には、ここまでズレることもあまりないと思うのだが。


「でも……アランさんの手がおっきくて優しいから。今日は拗ねないでおくことにするね」


 そう言いながら、少女ははにかみながら自分の手のひらを受け入れてくれた。少しの間そうしていると、こちらの部屋に急いで走ってくる足音が聞こえ始める。恐らく、足音的にクラウのものだ――少女の頭から手を離すと同時に、扉が乱暴に叩かれ始めた。


「あ、アラン君! ジャンヌさんが……!」


 その言葉にベッドから飛び上がり、ドアを開けると、顔を青くしたクラウが立っている。


「あの、夕食の後に声を掛けられて、どうしても聞きたいって……ごめんなさい、少し話をしてたんです、そうしたら……!」

「落ち着け……ジャンヌが記憶を取り戻したのか?」

「た、多分……その、七柱が人々を管理してるとか言ってた、みたいなことを言ったら、大きな声を上げて外に……それで、追いかけようとしたんですけど……」


 もう外も暗いし、クラウは一人で追ってジャンヌに追いつけなかったら戻ってこれないと判断したか。ティアと交代して補助魔法をかければ追いつけたとも思うが、そこまで気が回らなかったか――とはいえ、この雪の中では、クラウでなくとも外に出れば危険だろう。


「……足跡を辿れば追いつけるかもしれないな」


 雪のおかげで、どちらに行ったかは分かるだろう。しかし、早く追いかけないと危険かもしれない。村なら結界のおかげで魔族や魔獣が侵入してくることもないが、ジャンヌが行った先が結界の外かも分からないのだ。


「クラウ、俺は先に出てジャンヌを追いかけてみる。お前はエルに声を掛けて、後から追いかけてきてくれ」

「私も行くよ!!」


 クラウに指示を出している横から、ソフィアの大きな声が割って入ってきた。見れば、拳を胸の前で強く握って、少女は真剣な表情でこちらを見ている。


「雪の中で悪路なのは分かってるけど……逆に、私がいれば明かりを出せるし、暗闇の中でも探しやすくなると思うから……」

「いや、しかし……」


 正直に言えば、自分は夜目も効くし、明かりが無くともジャンヌや外敵の存在を気配で感知できる。それに、今ソフィアは肝心の魔法杖を持っていない――簡単な明かりの魔術くらいなら杖なしでも良いだろうが、敵が出たら対応できるほどの攻撃魔術が打てないのなら、かえって危険になる。


 とはいえ、ソフィアの眼は真剣だ。この前、海都でも置いて行ってしまったし、今度こそはテコでも動かないという強い意志を感じる――どうしたものかと悩んでいると、クラウの後ろの方から魔法杖が飛んできて、ソフィアがそれをキャッチした。


「……問答している暇は無いでしょう? ほら、全員で行くわよ」


 どうやら騒ぎを聞きつけて準備をしてくれたらしい、エルが廊下の方で腕を組んでこちらを見ていた。

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