5-1:サンシラウの村にて 上
海都ジーノから王都に向けて出発し数日。教会の総本山と王都を結ぶ街道は整備されており、一日歩けばそれなりの規模の町があるので、野宿とは無縁な旅路となった。街道の両端には結界もしっかりと張られており、すぐに衛兵が出張れる位置でもあるから、魔獣や魔族、野盗の心配もない――最近は平坦で気の抜ける旅路となっている。
「……アランさん、おっきなあくび!」
気を抜いてゆっくり歩いていたところを、隣に並ぶソフィアに見られてしまった。
「まぁ、普段はなかなか、ここまでのんびり歩けないからな……」
「そうだよね……いつもはもっと気を張ってるもんね。改めて、索敵お疲れ様、アランさん」
そう言いながら、ソフィアは丁寧にお辞儀をしてくる。
「それを言うならこちらこそ。ソフィアもいつもお疲れ様だ」
「えぇっと、それは何に対して?」
「うーん……いつも一生懸命に頑張っている所に対して? ともかく、いつも助かっているよ」
本当は魔族や魔獣を瞬殺することに対しての礼のつもりだったのだが、これは女の子に対するお礼としてはアレかと思い控えることにした。
「ダメですよアラン君、女の子の頑張りは具体的に褒めないと」
「うぅん、いいんだよクラウさん。皆が助かってるってだけで、私は嬉しいから」
自分がクラウの横やりに答える前に、ソフィアは笑顔のまま首を横に振った。それは遠慮から建前を並べたという感じでなく、本心からといった雰囲気だ。
「ソフィアちゃん……! なんと良い子!!」
「あはは……そう言えばだけど、エルさんもクラウさん、二人の故郷、素敵だったね」
ソフィアの言葉に、先行していたエルが振り向く。
「……そうかしら?」
「うん、二人にとっては色々あったと思うけれど……でも、シルバーバーグさんやエマさん、ステラ院長に孤児院の人たち、みんな素敵だった……エルさんとクラウさんが優しいのも、なんとなく理解できた気がする」
確かに、エルもクラウも生い立ちは過酷な部分もあるものの、成長の過程で供にいた人の中には真っすぐで優しい人がいたから、二人とも根が善良なのだろう。同時に、そう言うソフィアの顔はどことなく寂しげなものだった。
そういえば以前、ソフィアの生い立ちについて少し考えたことがあった。幼いころから英才教育を施され、常に大人の中に放り込まれていた少女のことを思うと、その両親は自分の感覚値から言えば優しいとか穏やかとか、そういう類の者でないと想像できる。
もちろん戦時中であったのだから、優れた才能を持つものが戦うことで、被害を抑えられるという考え方もあるだろう。同時に、それだけの才覚を発揮できる場所に送り込むのだって、ある種は親の愛なのかもしれないが――自分としてはあまり共感のできない親なことには相違ない。
そして、ソフィアが寂しげな顔をしたのは、自分が邪推した方向性とズレていないからとも思う。そうなると、安易にソフィアの生家の話はしないほうが良いか――ちょうど、会話は自分から離れて三人の方が中心になっているので、わざわざ藪蛇をつつくこともない。
手持無沙汰を解消するために地図を取り出し、歩きながら現在位置の確認をする。海都と王都は共に主要な都市なので一本道で繋がっていて迷うこともないし、道の先導は基本的にエルがしてくれるからあまり自分がすることでもないのだが。
だが、ふと近場に少し気になる地名を見つけたので、三人の少女たちを呼び止めることにする。
「……なぁ、このサンシラウの村って所、ちょっと寄ってみたいんだが……」
自分の提案に対して、エルが身を乗り出して自分が持っていた地図を覗き込んだ。
「ちょっと奥まったところにあるから、まるまる寄り道になるわね……別に構わないけれど、理由はあるの?」
「あぁ、アガタから聞いたんだがな。ジャンヌの故郷で、そこに戻っているらしいんだ」
自分の言葉に、クラウが肩を強張らせたようだ。アガタにジャンヌ、どちらも彼女にとって因縁のある名前だから、緊張するのも無理はないか。
「……その村に寄るのは良いとして、あんまりいい顔はされないんじゃないかな?」
クラウの緊張を察したのだろう、代わりにソフィアが自分に意見を出して来た。
「俺もそう言ったんだがな。アガタからはちょっと見に行ってみてくれ、と念を押されていて……皆が反対なら、無理にとは言わないが……」
自分としても、無理に行きたいというほどでもない。ただ、アガタが言っていたことの真意を――大丈夫にした、という言葉の真実を知りたい。だから、行けるなら行く程度の感覚だ。ソフィアとエルは問題なさそうだが、やはり気になるのはクラウか。
しかし、クラウも深呼吸して、落ち着いた表情になり頷いた。
「……いいえ、行きましょう」
「クラウ、いいのか?」
「はい、私は大丈夫です……そりゃ、結構酷いことも言われましたけれど、ジャンヌさんがどうなっているのか、気にはなりますし……」
まぁ、私は会話はしないようにするかもしれないですけれど、そう付け足された。
その後はサンシラウの村に進路を取り、到着するまでには片道一日分の寄り道になった。主要な街道から逸れた先にある、山々の麓にひっそりと佇む集落だった。そんな様子なので、他の街のような外壁も無ければ見張りが居るような気配もない。旅人が来ることなど普段は滅多にないのだろうから、時折行きかう人から奇異の視線を浴びせられるくらいだ。
さて、村の何処にジャンヌが居るかも分からないのだが、如何せん知り合いなどもこの村にいる訳ではない。流石にこの規模だと軍の駐屯地や冒険者ギルドも無いので、情報収集するような当てもない。
「……どうしたもんかな」
「えと、ひとまず教会に向かえばいいんじゃないかな。異端審問は受けただろうし、この村の司祭様の耳には、何かしらの情報は入っていると思うから」
ソフィアの意見を受け入れ、通りすがりの老人に場所を聞き、村の奥まった所にある教会まで向かうことにした。到着するころには天気も悪くなってきて、寒さも増してきている――これは雪でも降りそうだ、そう思いながら教会の扉を開いた。




