幕間:ピークォド号にて
地中に潜む宇宙船ピークォド号の一室で、傷だらけの巨体が椅子に座って上半身を顕わにしている。青白い肌の至る所が火傷で黒くくすんでおり、それを自分が回復魔法で治している最中だ。
「……まさか、ホークウィンド卿がやられて戻ってくるとは」
ホークウィンドの返答はない――この男は、失敗を言い訳するタイプではなかったことを思い出す。それに、元々ホークウィンドをハインライン辺境伯に送り込んだのは、偏に体をならすため。あわよくばハインラインの器を討てればというくらいの算段であり、失敗そのものを攻める気も毛頭なかった。
「そんな黙り込まないでください。本当にやられたとは思っていません……撤退してきたのには意味があるのですよね?」
「……奴の口から、ホークウィンドという名が出た」
「ほぅ……」
ホークウィンドは仮初の体を使っているのだから、その名が出てくるということは彼の技を知っている者がアラン・スミスに介入したか、はたまたアラン・スミス自体がホークウィンドを知っていたか、どちらかがその名が出た理由になるはずだ。
「……考えられる可能性は二つほど。アラン・スミスはエディ・べスターのクローンであるという可能性。それなら一応、ADAMsを使えた理由は分かります……ただ、私たちは彼の顔を知っていますし、わざわざ別人に擬態させる可能性は低く、合理的ではありません。また、彼なら生身ではアレを扱いこなせないでしょうし、我々と敵対する理由がありません。可能性が高いのは……」
「……七柱の内のいずれが、私たちの情報を原初の虎に提供している、か?」
「えぇ、その可能性が高いでしょうね……実際にその場を見たアナタとしては、どうでしたか?」
「戦いの中で、こちらの存在を認知したようだ。通信で教えられたとするなら説明はつくが……」
「……なんとなく、そう言う感じではなかったと?」
「あぁ、まったくの勘だが……他に可能性は考えられないか?」
「ふむ、そうですねぇ……」
T2の中に、亡くなったエディ・べスターの残滓があった――というのがふと頭をよぎった。しかし、そんなことが在りうるという根拠は全くない。
「……あまりに非科学的なので、やはり言うのは止めておきます」
「高次元存在などというものが居るのだ、今更人類の科学で割り切れないことがあるのは認めるべきだと思うが……それこそ魔術など、高次元存在の助力が無ければ我々だけでは永久に到達できなかっただろう」
「ごもっとも。ともかく、アナタは予想外に名前を呼ばれたことと肉体のダメージを考慮し、一旦引いてどうするか打ち合わせしたかったと……とはいえ、やることは変わりません。
ハインラインの器の排除に、原初の虎と、あわよくばクラウディア・アリギエーリの拘束……原初の虎を復活させたのが七柱のいずれかとしても、元々はべスターの仲間なのです。可能なら彼を仲間に引き入れたいですね」
「しかし、ハインラインの器と懇意のようだ。器を排除してしまった場合こちらの話を聞いてくれるか?」
「ははは、それは確かに骨が折れそうだ……しかし、そうでなくとも急にADAMsを利用できるようになった理由は知りたいですし、敵対するなら厄介なことには変わりありません。仲間に出来ないのならば、こちらで身柄を拘束するか排除するか、ともかく捕まえないと始まりませんね」
「ふぅ……虎を捕らえるとは骨が折れるが……それこそ、虎の相手は虎にやらせるのがいいのでは?」
「まぁ、それはそうですね……さて、治療は済みましたよ」
「かたじけない」
「今後の計画について皆さんにお伝えしようと思うので、二人がいる所まで移動しましょうか」
「あぁ」
ホークウィンドは上に和風の羽織をかけて立ち上がる。それに並んで自分も医務室を出ることにした。
「改めて、魔族の体はどうですか?」
「悪くはないが……やはり自分の体と比べると違和感がある。やはり、自身のゲノム情報がある素体でないと、完全な適合は難しいな」
「……そうですか」
我々旧人類は、自身の記憶をアシモフの子供達に転写することが出来る。自分の様に肉体労働をしないのならば素体は有機物でなくてもいいのだが、戦闘に自身の体躯を利用する者は転写先は生物の方が好ましいし、その生物は自らの遺伝子情報を持つものの方が好ましい。
つまり、ハインラインの器を討とうとしている理由はこれだ。エリザベート・フォン・ハインラインの肉体に武神が宿るのを阻止すること――他の素体に転写されても厄介だろうが、遺伝子情報を持つ素体に入られては手が付けられない。
すでにホークウィンドは肉体も朽ち、本来は脳だけで活動していた状態だ。それならと、転写先には可能な限り強力な肉体を持つものをと選んだが、それでも万全とはいかなかったか――しかし、それは仕方がない。
なお、自分の元の体は一応残ってはいるが、培養液の中で眠って久しい。宇宙船の中に保管はされているが、それも万が一の時に備え、どこかに移動させておこうと画策中だ。
「……ふむ、不思議な臭いがするな?」
唐突に、隣を歩いていたホークウィンドが呟いた。自分は人形の体で、視覚と聴覚情報以外は確認することが出来ない――しかし、目指していた一室から妙な煙が出ているようで、臭いはそこから出ているようだった。
火事であるのなら警報が鳴るはずなので、物理的な爆発の危険性はなさそうだが――ともかく部屋に入ると、テーブルの上にいくつか料理が並んでおり、その横でセブンスがフライパンから何かどす黒いものを新たな皿に移しているのが見えた。
「……良い所に来た。ちょうど呼びに行こうと思ってたところ」
「えぇっと……? セブンス、これは一体……?」
「ホークウィンドの労いに、料理を作ってみた」
なるほど、そういうことか。セブンスはサークレットで情動を抑えてある程度こちらのいうことを聞かせられるようになっているものの、元の素体は明るく優しい人物であったと聞く。つまり、これはオリジナルの性格が現れた行為ということなのだろう。
しかし、机に突っ伏しているT3が気になる――自分たちが来たことにようやっと気付いたのか、銀髪の男は首を上げると、ただでさえ青白い顔をより青くして小さく、しかし激しく首を横に振った。
確かに、よく見てみると机の上に並んでいる料理と形容されたモノは、名状しがたい色をしている。そもそも、機内にある食糧は調理不要で、それを焼いて混ぜ合わせたら味も色も混沌とするに違いない。
「ふむ……私のために作ってくれたのか。それはありがたい」
「うん、食べてみて」
ホークウィンドとセブンスは互いに微笑みを交わし――T3が慌てて、無言のまま制止するのに気付いていないのか、巨漢が箸を器用に使って何か浅黒いものをつまんで口に運ぶ。
「……どう? T3は何も言ってくれなかったのだけれど……」
「うむ…………」
ホークウィンドは咀嚼して静かにうなずいた後、勢いよく横に倒れてしまった。よく見ると、半目を開けたまま気絶しているようだ。しかし、気絶するほどまずい料理とは凄まじい――その事実に気付いていないのか、セブンスは不思議そうに倒れ込んだホークウィンドを見つめている。
「……ホークウィンド、大丈夫?」
「恐らく、治療が完全ではなかったのでしょう」
「それじゃあ、回復魔法をかけてあげて? それで元気になって、もっと食べてもらう」
「貴女は鬼……いいえ、彼に必要なのは休息でしょう。T3、ホークウィンドを運んであげてください」
普段クールなT3があり得ないほど全力で頷き、すぐに巨漢の肩を持って部屋から脱出していた。セブンスは心なしか、その背中を寂しそうな眼で見送って――そして再び眼を気持ち輝かせてこちらを見てきた。
「……ゲンブも食べる?」
「遠慮しておきます。何せ人形なので、食べなくても大丈夫なんですよ」
「そっか、残念……それじゃあ、自分で食べることにする」
「いいえ、きっと起きたらT3とホークウィンドが食べてくれますから、そのままにしておきましょう」
実際は彼らに食べさせるのも酷だろうし、セブンスに食べさせて倒れられても困る。彼女の錬成したものがこの星の地中に存在する微生物の栄養素になると信じて、後でそっと廃棄しておこうと心に決めた。
◆
「ははは、しかし爆発に巻き込まれてもここまで生還してきたホークウィンド卿を一撃で倒すとは。流石セブンスといったところですか」
「うむ……恐るべし……」
セブンスの料理から逃げるように先ほどの医務室に男三人で集まり、先ほどホークウィンドが復帰し、眼を抑えながら静かに首を振っていた。
「まぁしかし……心意気はありがたい」
「貴方は菩薩か何かですか……まぁともかく、今後の計画についてお話します。我々の最優先事項は……」
「……魔術神、アルジャーノンの排除」
そう答えたのは、ホークウィンドではなくT3だ。実際、アルジャーノンも器に入っているだけで、本体はオールディスの月にいる。しかし、転写素体を破壊すれば、一万年を超える記憶の復旧には数年は掛かる見込み――その間に地上にいる他の七柱を倒し、最後に月を制圧すればいい。
「えぇ、ハインラインの器のことも気がかりですが、それでも彼女は虎に特化した存在……我々としては、七柱最強のアルジャーノンを排除することが急務です。そして、その準備は完了しました……二人とも、こちらへ」
自分が二人を先導し、宇宙船の一室まで到着する。そこは、宇宙船の動力部に当たる部分――黒い直方体が上部に鎮座し、それを包む機構にいくつもパイプが繋がっている。
「……学院に施されている、幾重にも重なる結界と解呪術式を破壊できる力……人工衛星から発射される超高出力エネルギー兵器、マルドゥークゲイザーを凌ぐ破壊力と、その指向性をコントロールするための鍵……」
視線を下に移すと、一つのガラス張りの匱の中に、一本の剣が収められている。これが、宇宙船ピークォド号を、多少無理してでもこの星に運び込まなければならなかった理由だ。
「……そしてそれを制御しうるだけの技量を持つ者、第六世代型アンドロイドを超えた第七世代型……セブンス。今、七柱を討つための全てのピースが揃いました」
そう、この時を自分は一万年待った。振り返ると、T3とホークウィンドがそれぞれ頷き――廊下の先で、セブンスもこちらを見つめていた。




