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4-44:海と月の狭間で 下

 その場所に着いた時には、もうすっかり日も暮れていた。今は何時なのか――もうとっくに八時は過ぎてしまっているかもしれない。


 最終的には北側の旧市街地を探し回り、段々と坂を上って途方に暮れかけていた時のこと。頭上にある丘の上の公園から、なんとなくだが気配を感じたのだ。それを頼りに丘の上の公園に向かうと、ようやっと見知った緑髪が、地べたで小さくうずくまって海と月の塔を眺めているのが見えた。


「……探したぞ」


 聞こえるように声を掛けたはずだが、彼女からの返答は無い。代わりに、鼻をすする音が聞こえた。


「なぁ……」

「……今、こっちに来ないでください」


 小さな声で反論されて、一瞬どうしたものかと立ち止まってしまう――とはいえ、言われた通りにしても埒が明かない。制止を無視して、隣に座り込むことにする。


「来ないでって、言ってるのに……」

「あー……まぁそれはアレだ、さんざ探し回らせたことへのバツだ。だから聞いてやらん」


 寒さと長時間動き回ったせいなのか、少し足が痺れるのを感じる。神経も随分とがらせていたし、こちらとしても疲労しているので、こちらか上手い言葉も出てこない。


「……アラン君、怒ってます?」


 少女はこちらを見ることもなく、膝を抱えたままぽつりと呟いた。


「それは、本来いるべき場所と正反対の場所にいる理由次第だな……どっちかと言えば心配したんだぞ」

「……女の子が、迷子だったんです」

「なるほど……」

「……呆れませんか? こうやって自分が迷子になってたら世話ないって……一応、塔を目印に戻ろうとは思ったんですよ。でも、女の子家の周りが、迷路みたいになってて……気が付くと、ここに戻ってきちゃうんです」


 別に呆れはしない。むしろ、彼女らしい理由で安心したくらいだ。もちろん、ここからなら道は下るだけでいいだろうとか、そもそも道に明るそうな人などに迷子を引き渡すべきだったのではとか、色々と突っ込みどころはあるのだが。


 とはいえ、これらの言葉も全部飲み込んで、敢えて黙ることにした。きっと、彼女が肩を振るわせていた理由はそれではない。そして、それを聞くまで相手の言葉を遮るべきではない――そう思ったから。


「私……もう、皆の所に戻れないんじゃないかって……馬鹿みたいですよね、そんなことある訳ないのに……今日はいい日だって、思ってたんですよ。アガタさんとも少し話ができて……でも迷ってたら、なんだか急に不安になっちゃったんです。

 今日まで、皆で旅してたのは実は夢か幻で、本当の自分は、こうやっていつも通り……誰とも上手くいかなくて、居場所がないんじゃないかって……なんだか全部嘘みたいな気がしてきてしまって……」


 なるほど、それがうずくまっていた理由か。気持ちは理解できないでもないが、ハッキリ言ってそんなことで悩んでいたのは自分たちに対して失礼な気もする。


 それに少しむかっ腹が立ち、少女の視界を遮る位置に移動する。膝からわずかに覗く瞳に、一杯の涙を貯めて――それが星明かりで僅かに煌めいて見えた。


「ちょっ……見ないで……」

「クラウディア」


 その名を呼ばれたことに、クラウディア・アリギエーリはハッと顔を上げた。それを逃さないようにするため、少女の肩を強くつかむ。


「俺はここにいる、目の前にいる……そうだろ?」


 逃げられなくなった彼女が、青い瞳と、更にその奥にある深紅の瞳でこちらを真っすぐ見つめてくる――自分がここにいることを、クラウディアはやっと本当の意味で認識してくれたようだ。こちらもやっと少女を探し出せたことに安堵して、自然と口元がほころぶのを感じた。


「お前が迷ったら、何度だってこうやって、俺が見つけ出してみせる……だから、大丈夫だ」

「あ……うぁぁ……!」


 彼女も安心やっと張り詰めていたものが緩んだのか、絞り出すような声をあげて、こちらの胸にしがみついてきた。


 なんだ、しっかりしてるようで、まだまだ幼い部分もあるんだな――そんな風に思ったが、それは言わぬが花だろう。肩にあてていた手を背中に回し、ただ彼女が落ち着くのを待った。


 そうしてしばらくすると、クラウの震えが止まった。呼吸も落ち着いてきたし、もう大丈夫だろう。


 さて、こういう時にコイツなら何とのたまうか、よく言っていた言葉がある気がするが。


「……違うんですよ、か?」

「ちがっ……うぬぬぬぬ……!」


 苦労して探したのは間違いないのだから、ちょっとした反撃のつもりだったのだが、相手からしたら相当癪だったらしい。呻いているのが面白くて眺めていようかと思った矢先、こちらの上着を掴まれ、思いっきり鼻をかまれる音が胸下から響いた。


「うぉっ!?」


 今度はこちらがビックリして、思わず腕を離して後退してしまう。


「ふん! 繊細な乙女心を弄んだお返しです!!」


 目元を袖で拭ってから現れた顔は、いつも通りのクラウだった。


「あのなぁ……繊細な乙女は、人の上着で鼻かんだりしないの」

「それはアラン君の押しつけですよーだ……こっちだって、色々と複雑なんですから」


 唇を尖らせながらそっぽ向かれるが、少しして立ち上がり、しおらしく頭を下げてくる。


「……探しに来てくれて、ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして……さて、それじゃあ行くか?」

「えぇっと……」


 クラウはこちらから視線を外し、自分の背後まで歩いて遠くを眺めだす。自分も振り返り、彼女の背中とその先にある塔を見る――夜間でも淡く青色に輝き、海から星の海へと抜ける一本の筋はどことなく幻想的にも映る。


「……アレが気になるか?」

「そうですね。夜にこんな風に眺めることもなかったですから……でも、大丈夫です」


 少女はそこで言葉を切って自分の方へと振り向く。夜に吹く穏やかな風が髪を撫で――クラウディア・アリギエーリはこちらを見据え、海と月の狭間で微笑んだ。


「さぁ、行きましょうか……今晩は、エスコートしてくださいね?」

「……あぁ、了解だ。ま、宿までだが」

「それでもいいんですよ」


 クラウはそう言うと自分の横へと並んだ。そしてしばらくは住宅街を下っていく――改めてみれば、細い道が不規則に並んでいるこの区画は、方向感覚が無い者が入ったら迷うのも仕方がない感じもする。そう思っている間に、クラウからは女の子はキチンと家まで送り届けられたこと、この辺りまで来たら女の子が道を覚えており、送り届けるまでは意外と難なく行けたことなどを聞いた。


「……今更だけど、ティアも方向音痴なのか?」

「そうですね……そうでなければ、私も道に迷いませんし」

「そうだよなぁ。でもまぁ、そのおかげっていうのもなんだが、こうやって出会ったんだから不思議なもんだ」


 実際、彼女が自分に声をかけてくれたのは、自分一人では何処にも行けないから――もし内にあるもう一つの魂が完全に彼女のことを導けるとするなら、きっと自分たちは出会っていないのだろう。


「……でも、ティアが随分励ましてくれてたんじゃないか?」

「えぇ、それはそうですけど……」


 クラウはそこで一旦言葉を切って、小さく笑う。


「ふふっ」

「どうした?」

「いえ、珍しくティアが慌ててるんです。二人一緒に沈んでたの、ばらさないでって」

「つまりそれは、クラウも相当落ち込んでたってことだな」

「ぐぇー……自爆でした」


 ティアが言っていたことをなんとなくだが思い出す。ティア自身の能力はクラウの理想ではあり、ある種の限界値であると――要するに、クラウディア・アリギエーリの方向感覚は筋金入りで、きっと一生直ることは無いのだろう。


 そして同時にだが、やはり分かたれた二つの魂の本質は一つ、そんな風にも思った。今自分の隣にいる少女は、自分のことをクラウと認識しており、彼女の奥底に存在する魂は自分ティアと認識しているものの、その大本は一つの存在なのだ。


 そんな風に考え事をしていると、横から真剣な面持ちでこちらを見られていることに気づく。


「……なんか顔についているか?」

「いいえ、そういうわけじゃないんですけど……アラン君、本当に成人してるんですかね。下手すれば十歳近く離れてるってなったら、ショックなんですけど」

「そういうもんか?」

「そういうもんですよ。五歳も違えば話が合わないっていうじゃないですか」

「うーん、そうかなぁ。仮に結構歳が離れてるとしても、俺はクラウとは結構気があってると思うぞ」

「本当です? 例えば、どんなところが?」

「そうだな……ほら、武器の件とか」


 割と趣味嗜好に関して、自分とクラウは感性が近いと感じる。そして同時に、一つの約束を思い出した。


「そう言えば、武器の礼がまだだったな……どう……」

「いいんです」


 どうしようか、その言葉は少女の言葉に遮られた。いつの間にか、自分の方が数歩進んでいたのに気付き、声のしたほうに振り返ると――すでに迷路のような住宅地を抜けており、彼女の背後には丘状になった白い住宅と、瞬く星空が見える。


「もう、お返しはもらったから、いいんですよ」


 人通りもない静かな街中に、静かだが、確かにクラウの声が響いた。


「……迷子なのを探したのが礼になるか?」

「もう! そういうのは分かっても口にしないのがデリカシーってもんですよ……それに、ちょっと違います」

「えぇっと……」

「そこまで聞いたらほんっっっとうに野暮ですからね!?」


 先ほどまでえらく穏やかな顔をして笑っていたのに、今度はまたつんけんぷりぷりしている。


「なるほど、複雑なんだな」

「そうです、複雑なんです」


 その後、お決まりの如く「アラン君なんですから」と続いた。まぁ、本人が良いと言っているのならひとまずは良いし、かと言って自分は返した気になっていないのだから、折を見てまたこちらで考えれば良いだろう。


 宿に着いて時間を確認すると、時刻は十時を過ぎていた。ロビーで右往左往していたソフィアが、すぐ泣き顔でこちらへ飛んできて、クラウはまた大きく頭を下げて二人に謝り、エルはやれやれ、といった調子で嘆息を漏らしたのであった。

【作者よりお願い】

お読みいただきありがとうございます!!

4章はここまでです!

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