4-42:二人部屋 下
「……えぇ、その通りです。クラウディアを告発したのは、此度の魔王征伐に関して、古の神々の暗躍があることをレムの方で察知していたからです。そこで、勇者のサポートをする以外にも、急な例外に対応するためには、神の声が聞こえる私の方が適切とレムが判断した……。
ですが、それをルーナ神は潔く思いません。ルーナはレムに対して敵愾心が強く、レム派が活躍するのを快く思いません。また、古の神々の暗躍は、レムの中だけの秘密になっていたのです。そのため、出来る限り隠密に、魔王征伐を済ませようと思い……強硬策に出たのが事の顛末です」
「どうして、七柱全員で共有しなかったんだ?」
「……その理由までは、私にも共有されておりません。これは本当……信じてください」
ここまで、言いたくないことには黙秘権を使ってきた彼女だ、言いたくないだけならまた同じようにすればよかっただけのはず。だから、彼女の言葉は恐らく真実だろう。
「……私は真実を、あの子にいう事は出来ませんでした。私がレムの声を聞けることは、レムとアランさんしか知りません」
そう言いながら、アガタは椅子から立ち上がって、歩きながら話し続ける。
「……この部屋は、元々二人部屋でした。高い恩寵を持つ者たちが、この高層に集められ……そして、私は一人の少女に出会いました。その子は私と同じように、内から別の声を聴ける子で……私はあの子にはそれは言えませんでしたが、私の方では彼女にシンパシーを感じていたんですよ」
そして、一人でいるには広すぎる部屋の片隅にあるベッドに腰かけなおし、アガタは少し寂し気な微笑を浮かべてこちらを見てくる。
「私とレムにできるせめてもの罪滅ぼしは、ルーナ神の加護を失ったあの子に少しばかりの助力をすることくらい……アランさん、クラウディアには請願書は普通にルーナ派側で受理されたとお伝えください」
「いや、しかし……」
「以前にも言ったでしょう。私はあの子に理由を言えない……それなら、許される必要なんかないんです」
そうやって瞳を閉じているアガタは、きっとこの部屋での出来事を思い出しているに違いない。ここで友達と過ごした日々は明るく鮮明で、そして同時に二度と戻ってこない――そんな風に思っているのかもしれない。
「……そうやって貧乏くじ引いても黙って我慢するところなんか、誰かさんと似た者同士なのかもしれないな」
「ふふ、いいえ、そんなことありませんわ……今回の件は、世界の命運にかかわる重要な命題だったから我慢しただけです」
「そんな世界の命運を背負う覚悟がある時点でとんでもないと思うがな。俺は目に見える範囲で手いっぱいだ」
「……それでいいんですよ。人それぞれ、やれることは違うのです……レムがアナタにそれを望み、そしてそんな貴方だから、あの子も信頼しているのでしょうから……」
アガタは歳に似合わない達観した表情で立ち上がり、今度はカーテンの方へと向かい、布を勢いよく開け放った。そして、もう秘密の話は終わりとでもいうように、いつもの不敵な表情で後ろ髪をかきあげてみせる。
「それに、あの子から悪態つかれようと、へでもございませんわ。所詮は精神年齢おこちゃまの戯言ですもの」
「本当かぁ? 実は影でこっそり泣いてたりしてな」
「なっ……そんなことございません!!」
意外と図星か、アガタは今度は顔を真っ赤にして否定して見せている。その所作は本来の年頃っぽいものであり、なんだか安心すると共に少し笑ってしまう。
「悪い悪い……ともかく、もし何か俺にできることがあったらいつでも言ってくれ」
「ふぅ……とくにアランさんに頼るようなことも無いと思いますけれど、一応胸に留めておきます。さて、そろそろ降りましょうか」
「あぁ、そうだな。ともかく、ありがとうアガタ。クラウの……いいや、クラウディアのために色々と手をまわしてくれて」
なんとなくだが名前を言い直すべきだと思った。きっと、レオーネ修道院の問題は、クラウだけでなくティアも心を痛めている問題で――二つに分かれる前の名で呼ぶことが、この場では相応しいと思ったから。
「えぇ……私もあの子の役に立てて、少しだけ気分も晴れました。私はこうやって時折しかサポートできませんが……アランさん、クラウディアをよろしくお願いいたします」
きっとこちらの真意を見抜いたのだろう、アガタも彼女の本当の名前を呼んで微笑んだ。
エレベーターを降り、塔の出入口でアガタと別れた。レオーネ修道院の補修費に関する手続きを進めるのと、他の事務作業が残っていることのことで――アガタはもう数日ジーノに滞在し、それが済み次第、馬車で王都へ向かうので、また王都で再会しようと約束した。
そして、一人でノンビリと橋を渡り切る時、ソフィアとエルが見えた。とくにソフィアがなんだか慌てているようで、エルがそれを宥めているようだった。
「……あ、アランさん!! どうしよう、クラウさんがいないの!!」
ちょうど自分が橋を渡り切ったタイミングで、ソフィアがこちらの存在に気づき、そう大きな声で言ったのだった。




