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4-40:月の巫女 下

 祭壇より一層高い壇上の上、豪奢な椅子に腰かけるのは、それは見目麗しい少女だった。雪の様に白い肌に、白い髪、細い肩――そして、金色の瞳。身を包む装束すらも白、というより半透明で、その細くしなやかな肢体のシルエットがなんとなくだが見えるほどだ。


 一言で言えば、絵画の世界から飛び出してきたような絶世の美少女。どことなく荘厳で、威圧的で、油断できない雰囲気の少女――普通に見れば眼福と言いたいところなのに、どちらかと言えば自分の本能は警戒を呼び立てている。


「……月の巫女、セレナ様……お呼びに預かり参上しました」


 自分が警戒している横で、アガタが片膝をついて跪いた。そして、彼女はこちらを見て――なるほど、同じようにしろと――言いたいことを察し、自分も左膝をついて頭を垂れる。


 しかし、視界には一人しかいない。他に後三体はどこかに潜んでいるはず――恐らく、先ほど違和感のあった二体は、月の巫女がおわす玉座の付近の物陰に潜んでいる。残り一体は、恐らくエレベーターの柱の後ろ側だ。


「……だから、身構えるなと言っておろうに……」


 こちらが気配を察知している傍で、頭上から声が振りかけられてくる。


「……すいません、癖なもんで……」

「ふぅ、まぁ良かろう……ひとまず、アガタ、貴殿の要件を聞こう。孤児院の修繕費に関する請願であったか?」

「はい、セレナ様。こちらが請願書になります」


 膝をついたままアガタが封筒を差し出すと、気配のうちセレナ側の一体が動き出した。その者は空間の何もない所から――自分としては違和感を覚えるのだが――突如として現れ、アガタの前に立った。姿を現したその人物は、白いローブを深々と被っており、今の跪いている状態ではその顔は伺えない。ともかく、ローブの人物が封筒を受け取り、それを月の巫女の下へと運んだようだ。


「ふむ、レオーネ修道院、レオーネ修道院……聞き覚えがあるぞ? なんだったかな、ジブリール」


 月の巫女はわざとらしく側頭部を人差し指で叩いて、近くにいる白ローブに問うた。


「……異端者、クラウディア・アリギエーリの育った孤児院が併設されている場所ですね」

「ははぁ、そうじゃったそうじゃった……」


 そのやり取りを聞いてマズイ、と思った。そう言えば、コイツはクラウを追放した張本人ではないか――なぜ今までそれを失念していたのか、教会の内部の雰囲気に吞まれてしまっていたのか。ともかく、事情が事情だから、コイツは援助はしないとか言われかねないのではないか。


「……両名、顔をあげい」


 こちらが色々と考えていると再び頭上から声を掛けられる。言われた通りに顔を上げてみると、セレナは物悲しそうな表情でこちらを見ていた。


「そなたらはこう思っておる……クラウディア・アリギエーリの育った修道院の請願であれば、妾が無下にするのではないかと……それは違うぞ。生きとし生ける全ての者、そして我が主、ルーナを信仰するすべての者は、等しく女神は愛してくださる。

 じゃが、魔王討伐の直後故、教会の財政が切迫しているのも事実じゃ。同時に、世界各地でこのような請願は立てられておる……順を追って処理をしておるから、待ってくれとしか言えんな」

「……そうは言いますが、セレナ様。そもそも、請願の受理はしていたのですか?」


 その鋭い意見は、隣のアガタから出た。そう、セレナの話はふわっとしていて、何の具体性もない――肝心なのは、きちんと手続きが進んでいるか否かだ。

 

「……イスラーフィール」


 玉座の背後から、また突如として別の白いローブ姿が現れる。その者が玉座の横に跪き、また一枚の紙をセレナに渡した。


「そこから見えるか……? このように、受理はされておる」


 セレナがこちらに見せた紙には、確かに何某かの印が押されている紙がある。聖レオーネ修道院の補修費についてと読み取れるので、手続きは進んでいたという事か。


「……これで納得したかの、アガタ・ペトラルカ」

「はい、出過ぎた真似を……申し訳ございませんでした」

「良い……さて、アラン・スミスよ」


 セレナはアガタに対して顔を伏せるようにとジェスチャーをしてからこちらへと向き直る。


「……そなたの噂は伺っておるぞ。なんでも、魔王討伐に尽力してくれたとか……とくに此度の征伐では、勇者達だけでは厳しかったと聞く」

「……いいえ、たまたま居合わして、やれることをやっただけです」

「ふむ……ただの冒険者が、異世界の勇者に見出され、魔王との戦いに参加したと?」

「はい、そうです」

「くくく……まぁ、良い。そういうことにしよう」


 セレナは妖美に笑いながら、ゆっくりと足を組みなおす――その一挙一動からは、何故だか眼を離せない。

 

「のぅ、アラン・スミス……妾の物にならぬか?」

「何を、言って……」

「妾は、そなたに大変な興味がある……この月の加護満ちる聖域で、永久とわに安楽を享受させてやろうではないか……」

「いいえ、俺は……」


 そんなものに興味はない、そう思っても、上手く呂律が回らない。ただ、その金色の瞳に魅入られて――月の巫女が、玉座から立ち上がり、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「それだけでない……妾がこの身朽ちるまで、熱く愛そうではないか……いや、後世の巫女も、きっとそなたのことを気に入るだろう……永久に、永久に、空と月に墜ちていくのじゃ……」


 そして、目の前に少女の姿が現れた。白く長い指でこちらの顎を持ち――もう視界には、精巧な作り物のような顔しか入らなくなってしまう。

 

「どうじゃ、アラン……いや、原初の虎。妾は美しいだろう? さぁ、見ろ、見るのじゃ……美しい私を……ッ!!」


 確かに、見た目は天上の如く美しい少女、それに永久に愛されるとなれば、それは何て幸せなことだろうか。この塔の中で、もう苦痛を味わうこともない、寒い思いもせず、永遠の享楽に落ちていく――それは何と幸せなことだろう。


 あぁ、こんなに美しい少女に見染められるなんて、ここまで頑張ってきたかいもあるというものだ――だが、なんだろう、内から湧き出るこの違和感は。目の前の愛に溺れたいのに、何故か体がそれを拒絶しているような違和感が――。


『……アラン』


 そう、内に潜む奴の声が聞こえる――つまり、これは自分の本能が、目の前の女を拒否しているという事。逆説的だが、理性は籠絡されそうになったのに対し、むしろ本能が逆らっているのだ。


「……おぉおおおおおおお!!」


 こちらが無意識に大きな声を上げると、月の巫女は驚愕に顔を歪ませる――そして直後、金属がかち合う音が響く。気付けば、自分の首に二つの凶器があてがわれ、同時にそれらを自分に差し向けている白いローブたちに対し、青いローブを纏った何者かとアガタが、白ローブの首に凶器を――アガタは手刀だが――あてていた。


「……セレナ様、お戯れが過ぎますよ……この塔は、アナタだけの領域でないことをお忘れなく」

「ふん……レムの犬どもめ……」


 セレナが指をならすと、白いローブの者たちは自分から凶器をどけて、合わせて青いローブの者もその刃を収めた。そして、アガタ以外の三人は、また姿を消し――視界には階段をあがっていく月の巫女だけが残った。

 

「興が覚めた……下がるがよい」

「……はい、それでは失礼します。アランさん、参りましょう」


 体には壮絶な疲労感があるものの、確かにこの場からは一秒でも早く立ち去りたい――先に立ち上がって柱の扉を開けているアガタの後を、酷い倦怠感の中なんとか追いかけることにした。

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