4-36:二年間の意味 下
「それならばこそ、クラウディア……そのお金は未来のために、アナタの努力は使われるべきですよ。お金では買えないものがあるのも確かだけれど、お金で解決できることが多いのも確かです……今必要でなかったとしても、いざという時の備えにしておいてもいいと思うわ。たとえば、お友達たちのために使うのはどう?」
「でも、ソフィアちゃんとエルさんはご実家がお金持ちですし、そんなにお金に困るようなことも……」
「それなら、アランさんのためにはどう?」
「なっ……それは絶対に無いです!!」
そんな全力で否定することもないだろう。なんなら大金ウェルカムなのだが。
「……それに、多分……アラン君はステラ院長と同じように言うと思います」
「そうね、そうかもしれません」
うん、そうそう、実はそう思っていた――二人の信頼に胸を痛めつつ、話の続きを聞くことにする。
「別に、無理にお友達のために使うこともないわ……再三の繰り返しだけれど、アナタの気持ちは嬉しいのよ。でも、私が一番嬉しい時は……それは、この孤児院を巣立った子供たちが、幸せを掴んでくれた時なの。不幸な生い立ちに負けずに、強く強く生きて、未来に向かって進んでいる……そんな報告を聞けたときが、最高に嬉しいのよ」
「……それじゃあ、ステラ院長に喜んでもらうには、もっと別のことをしないと駄目ですね」
「えぇ、そうね。大丈夫、慌てることはないわ……すぐに目指すべき先が見つからなくても、アナタにはアナタが見つけた、大切な居場所があるのだから……ゆっくりとやりたいことを見つけていけばいいのよ、クラウディア」
「はい、ありがとうございます……そうだ、折角だからティアともお話しますか?」
「えぇ、そうね……お願いするわ、クラウ」
院長が呼び方を切り替えた瞬間、ようやっと彼女の真意も分かった気がする。彼女は、クラウとティアを同時に見ていたのだ。二人に同時に話しかけていたから――別れた魂の本来の名を呼んでいた、そんな気がする。
ティアとステラは短く言葉を交わしただけだったが、それでも互いに信頼しているのはなんとなくだが伝わってきた。そして再びクラウが表に戻ってきたところで、可愛らしいあくびが聞こえてくる。
「ふぁ……昨日、故あってちょっと夜更かししてしまったので、少々眠いですね……」
「ふふ、それではそろそろお開きにしましょうか」
「そうですね……」
自分から眠いと言ったわりに、クラウは立ち上がる気配がない。おそらく、まだ何か言いたいことがあるのだと思われる。
「……あの、やっぱり出来れば、孤児院のために何かしたいです。何か私にできることは無いでしょうか?」
「うーん……それも自分で考えてみてほしいのだけれど……そうね、一つだけ甘えてもいいかしら?」
「はい! なんでしょう?」
「実は、教会本部には何度か手紙を送っているです……修繕費の申請を総本山の方へ出しているのだけれど、その返事が中々来なくて……アナタの伝手で、書簡がどうなっているか、確認を取ることはできないかしら?」
もちろん、難しいのならいいのだけれど――そう続いた。院長という立場上、恐らく本来はステラも教会と繋がりがあるのだろうが、同時に立場上、長期間ここを離れることが出来ないということなのだろう。
しかし、クラウはどう応えるのか。総本山から追放されているのだから、対応は難しそうではあるが――少し沈黙が続いてから、少女が息を大きく吸うのが聞こえる。
「……わかりました、任せてください!」
「本当に? 難しいのなら、無理にとは言わないけれど……」
「いいえ、ステラ院長はここから離れられませんから。ともかく、私の方で確認してみますね」
「えぇ、それじゃあお言葉に甘えるわね、クラウディア。一応、新しくしたためるから、一日待ってもらっていいですか?」
「了解です!」
追放された立場では、クラウ自身が教会の中に入るのは難しいだろうが――対応策は一つだけなら自分でも思いつく。そして恐らく、クラウもそれを思いついての返事だったのだろう。その後、クラウが部屋に戻る音を聞いてから、ゆっくりと階下へと降りて水分を摂り、再び自分も眠りに落ちることにした。
◆
次の日、朝一でクラウから自分たちに相談があった。もう一度寄り道して問題ないかということ――つまり、教会に書簡を出したいということ、同時に自分では出すのが難しいから、申し訳ないがソフィアに頼むと。こういう時のソフィア頼みなのがクラウも申し訳ないと思ったのだろう、神妙な面持ちで准将に頭を下げていたが、人が良い少女はそれを二つ返事で了承した。
「……でも、教会に対して学院も軍も強い権限はないから、もしかしたら門前払いされちゃうかも……ダメ元で試してみる形になるけど、それでもいいかな?」
「ソフィアちゃん……ありがとうございます!!」
その後、もう一日ほど孤児院に滞在し、次の日に教会の総本山に向けて出発することになった。子供たちに囲まれているせいか疲れを癒すとはなかなかいかなかったのだが、同時に悪くない倦怠感が後に残ったのだった。




