4-35:二年間の意味 上
喉の渇きで目が覚めると、屋根裏部屋の寝床で横になっていた。同時に、まだ体にアルコールが残っているのか、若干の倦怠感と頭痛がある。ひとまず、水を飲みたい――そう思って上半身を起こすだけで、若干床が軋む音が響いた。
今は恐らくだいぶ遅い時間帯だろう。この床下で小さな子供たちも寝ているわけだし、あまり大きな音は立てられない。そう思いながらゆっくりと体を動かしている最中に、僅かばかり話し声が聞こえてくる。
どうやら、老朽化した床の隙間から、その声は聞こえてくるらしい――話の主は二人、どうやらクラウとステラ院長が話しているようだった。
「……まさか、アナタが冒険者になっているなんてビックリしたわ、クラウ。でも、なぜそんな危険なことをしていたの?」
「それは……」
クラウの声が一旦途切れ、何やらガサゴソと音がする。
「あの、この小切手を冒険者ギルドに持っていけば、七十万ゴールドほど引き落としが出来ます。これだけあれば、老朽化した修道院の修繕も出来ますし、余ったら食費にでも使えるかなと……」
その声を聞いて、ようやっと腑に落ちた。いや、この孤児院を見たならば気付くべきだったのだが――恐らく二年前、教会を追放されたクラウは、何をすればいいか分からずに一度はここに戻ってきた。そして老朽化する孤児院と増える孤児たちを見て、この孤児院のために出来ることを考えたのだろう。
その答えが、危険に身を投じること。彼女が僧侶の身で最前線で戦っていたのは、少しでも多くのお金を稼ぐためだった。ケチとののしられてもお金を貯めることだったのだ。
純粋な彼女の献身は理解はできるものの――それは少々短絡的だったのではないかとも思う。そして、院長も自分と同じ想いだったのか、床下からは大きなため息が聞こえてくる。
「ふぅ……やっぱりそういうことだったのねクラウ……いいえ、クラウディア」
ステラが名前を言い直したのは、何故なのだろうか――酔いが残って回らない思考では、その真意は掴めなかった。そして考えがまとまらない間に、下では話が進んでいく。
「アナタの気持ちはとても嬉しいわ、クラウディア。でも、私はそれを受け取ることは出来ません」
「えっ……」
「理由は何個もあるけれど……そうね、対外的には、それを受け取ってしまうのが不公平だから。今、レムリアの至る所にある孤児院はどこも困窮しているはず。当院だけ巨額の喜捨を受けるのは、良くないことだわ」
「でも……」
「それに、今ここでアナタの厚意に甘えてしまえば、私たちは日々祈り、自らの手で働くことの貴さを忘れてしまうでしょう。一度吸った甘い蜜は、なかなか忘れられないもの……きっと何かあるたびに、私たちはアナタに頼るようになってしまうわ」
「でも、でも、一度きりなら……」
ステラの優しく窘めるような声と、クラウの消え入るような声が入れ替わりに聞こえてくる。いや、入れ替わりと言うには語弊があるか、ステラの方が長くしゃべっているのだから。
「……何よりもね、クラウディア。私は、私たちは、ここで育った子供たちには、胸を張って巣立っていってほしいの……日々の生活の中でここを思い出してもらえるのはもちろん嬉しいことだけれど、アナタにはアナタの人生がある……だから、アナタが汗と血を流しながら貯めたそのお金は、アナタ自身のために使ってほしいわ」
もちろん、通常の喜捨の範囲でならありがたく受け取るけれど、ステラはそう付け足した。
「……でも、自分のためにって、私は何をすればいいのか分かりません……だからせめて、お世話になった人たちのためにって……」
「優しいクラウディア。もう一度言うわ、アナタの気持ちはとても嬉しいわ……私たちを助けたいという純粋な気持ちは、とてもありがたいことよ」
椅子が動く音、そして足音が聞こえ――恐らく、ステラがクラウの隣に座ったのだろう。
「……この細く小さな手で、どれ程の過酷を背負ってきたのでしょう。真面目なアナタのことだもの……本当は教会では優秀であったのでしょうし、そして同時に、言えないほどひどい目にあってきたのも、なんとなくですが分かっています。
それでも、アナタが言いたくないのなら、私は何があったのかは聞きません」
結局、口裏合わせをしていても、院長はお見通しだった訳だ。もちろん、詳細に何があったかまでは理解できていないはずだし、自分が事前に少しステラと話をしていた影響もあったのだろうが――それでも、院長の人を見る目は確かで、同時に自分の娘同然の存在に何があったのか、自分やクラウが言うまでもなく理解していたものと推察される。
「……でも、二年前にここに戻ってきたときと、今日戻ってきたときでは、アナタの顔が違ったわ……以前は迷子のように哀しい顔をしていたけれど、今日はとっても嬉しそうに戻ってきたもの。きっと、お友達たちのおかげね」
「……はい。凄く大切な、私の仲間なんです」
返事をするクラウの声色は、強く暖かいものだった。そう思ってくれているのなら、それはとてもありがたいことで、自然と自分も嬉しい気持ちになっていた。




