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4-34:孤児院での夕食 下

「ごめんなさいね、五人で食事をするには少々広すぎて落ち着かないかもしれないですが……」


 施されるまま席に着き、目の前の食事を見る。スープにサラダ、それに一品、とても美味しそうなのがあった。


「わぁ、野菜のパイですね!」

「えぇ、アナタの好物だったわね、クラウ。でも、他の子たちには内緒ですよ?」


 そう言いながら、ステラ院長は悪戯っぽく口元にしわを寄せた。なんとなくだが、その仕草はクラウに似ている気もする――生みの親より育ての親、クラウはこの人から色々影響を受けているのだろう。


「……では、食前の祈りを……」


 食事前のお祈りなど、自分はやったことが無かったが、ひとまず他の四人に合わせて自分も両手を組んで目をつぶる。院長の祈りが食堂に静かに、しかし厳かに響き渡り、それが終わるのと同時に眼を開く。


「さぁ、いただきましょうか。この二年間のこと、色々と聞かせて頂戴ね」


 食事を始めてからは、自分が話すことはあまりなかった。クラウは初めて自分と会った時のよう、教会ではあまり良い成績出なかったこと、しかし魔法は使えるのでレヴァルに冒険者として派遣されたという設定で話し始め、冒険者として名を上げるうちにソフィア准将の目に留まった、という体で話を始めた。基本的にはそれに合わせてソフィアが裏付けしつつ、たまにエルが同意する、という感じで話が進んでいた。


 ステラと言えば、最初こそは「そんな危険なことを……」と心配していた風だったが、人類の勝利に貢献できたことを共に喜んでくれた。また、そこからはあまり深いことは聞かず、クラウとソフィアに半々くらいに話題を振っているようだった。


 勝手な憶測ではあるが、ステラは人を見る目が長けている。ソフィアは意外と寂しがり屋だから、常に会話の輪に入れるように気を使ってくれているのだろう。同時に、エルは自分から話すのは苦手だが、人の輪の中にいるのは好きな奴で、それとなくそれが伝わる様に話をしてくれているように思う。


 そして、自分は他に主役が居るのなら、傍から見ているタイプ――そこまで察してくれていたのだろう、無理にこちらに話題を振られることもなかった。とはいえ、会話に参加する頻度が少ないせいで箸が進んでしまい、自分だけ既に食べ終わってしまっているのではあるが。


「……あら、アランさん、ごめんなさいね。おかわりをお持ちしましょうか?」

「いいえ、大丈夫ですよ」


 食べられるか食べられないかでいえばまだまだ食べられるが、恐らく修道院の食糧事情だってそんなに芳しくもないだろう。しかし、こちらの遠慮を見抜いたのか、ステラは少し口元に指を当てて考え込んで後、何かを閃いたのか両手をポン、と合わせた。


「それでしたら、ワインはいかがですか? 修道院で育てた葡萄を使った、美味しいのがあるんです」

「え? アラン君、未成年じゃないですか?」

「何言ってるの、クラウ。アランさんはとっくに成人してらっしゃるわよ」


 そうクラウに言ってから、院長は自分の顔をじっとのぞき込んでくる。


「勝手な邪推ではありますが……見た目はお若いですけど、刻んできた苦労は顔に出ますから。恐らく、二十とちょっと、二十五にはならないくらいだと思います」


 自分では良く分からないが、ステラの審美眼からすれば、それはもっともらしいように感じられた。以前、アルコールでもエールはいいやとも思ったが、彼女なりのおもてなしならば受けてみたいという思いもある。


「えぇっと、それじゃあいただいてもいいですか」

「はい、ただいまお持ちしますね……ちょっとしたおつまみも併せて」


 ステラが厨房の方からお盆に瓶とグラス、それにちょっとしたつまみを乗せてきて、栓を抜いてグラスに赤いワインを注いでくれた。ワインの楽しみ方など知らないが、確かこう、まずは回して香りをかぐとかそんな感じだった気もする。


「……全然様になってないわね」


 記憶の中にあるワインのたしなみ方を実践してみていたのだが、悲しいかな辛辣な突っ込みがエルから入った。そうは言っても、こればっかりは体が覚えていなかったらしいので仕方ない。


 それに、香りを嗅いでも良いのか悪いのかすら分からない。要するに、自分の身体的な記憶の中にワインに関する比較対象がないのだろう。ステラの見立てでは成人しているとのことだったが、前世では酒を飲まなかったのか、それともワインだけ飲まなかったのか、どちらかは分からないが――ひとまず、恐る恐る口にしてみることにする。


「……いかがでしょう?」

「えぇっと、正直良く分かりませんね……あんまり、飲み慣れていないみたいで」


 折角の厚意を無下にするのは憚られるものの、変なおべっかを並べるのも違うだろう。とはいえ、ステラは気を悪くするわけでものなく、ニコニコと笑顔を浮かべている。


「ワインは、それ単品では味が複雑ですから……おつまみと一緒に楽しんでみてください」

「はぁ……」

「あと、ワインは飲むのではなく、味わうのも楽しむコツですね……少しずつ口に含んで、おつまみと交互に楽しむのがポイントです」

「なるほど……?」


 施されるままにつまみのチーズを一口、ワインを一口と交互に口に入れてみると、確かにチーズの旨味がより鮮明になって美味しく感じられるような気もする。


「……えぇっと、まだ良くは分かりませんが、普通に食べるより美味しく感じるような気がします」

「えぇ、最初はそんなものですよ……お酒の良さは、次第に分かってくるものでもありますから」


 その後は、変わらず四人の会話を聞きながら、ちびちびと赤い液体を口に運んでいたのだが、段々と体が熱くなってきて、思考がぼぅっとしてくるのを感じた。


「……アランさん、お顔が真っ赤だよ!?」


 その声はソフィアの物だったように思うが、うつらうつらとして本当は誰が言っていたのか分からない。


「それでは、そろそろお開きにしましょうか……」

「そうですね、院長先生、ごちそうさまでした。ほらアラン君、肩を貸してあげますから、なんとか自分で……」


 誰かが肩を貸してくれたようだが、それが誰かも明確に判別しないまま、ずるずると歩いたことだけがなんとなく記憶に残り、いつの間にか寝落ちてしまったようだった。

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