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4-32:葡萄園に佇む修道院 下


 ◆


 修道院の中に通されてからは、それはそれで大変だった。何せ、多くの子供たちが自分たちに興味を持って、ちょっかいを出してきていたからだ。とくにクラウは人気で、どうやら二年前に一度だけ戻ってきていたこともあるらしく、彼女を覚えている子供たちに囲まれて、しかし上手く子供たちに構っていた。


 同時に、子供たちはソフィアやエルにも興味津々らしく、クラウの輪に入れなかった大人しい子たちが二人の所に分散していた。とくにソフィアは小さい子から、エルは少し大きめの女の子に人気があるようだった。


 そして、自分はというと――。


「マオウめ! 正義の剣をうけてみろー!」

「ぐぁー!! ゆ、勇者めー!」


 大人しい子や女の子は三人の方へ向かっているので、自然とワンパクな男の子が自分の周りには集まっていた。子供のお守りなどどうすればいいかも分からないが、こう自主的に面白いことを実践してくれるのなら相手をするのも気も楽だ。体は痛いが。

 

 それにここの子供たちは、自分がこの世界で見てきた中で一番活気に溢れている――それがなんだか嬉しくもあるので、慣れない子守も苦にならずに付き合うことが出来ていた。


「おいみんな、今がチャンスだ!! 魔王にとどめをさすんだー!!」

「ぐぁ……お、おいクソガキども、本気で蹴るな殴るな……いてててて!?」


 こちらが遠慮して負け役に徹してやっているのに、力の加減を知らぬガキどもが本当に割と力を込めてこちらを攻撃してくる。それにイラついて大人の力を見せてやろうかと力を貯めているとき、また扉の方から「コラ!」と声が響く。


「お客さんたちは長旅でお疲れです! あまり困らせてはいけません……とくにトト、マルコ、ジャック! 暴力はいけませんといつも言っているでしょう」

「はーい、ごめんなさーい!」


 旗色が悪くなったと気付いたのか、少年たちは自分から離れて部屋の隅で別の遊びをしだしたようだ。


「アナタ達、本当に反省していますか!? はぁ……ごめんなさいね、アランさん」

「いえいえ、頑丈さだけが取り柄なんで……まぁ、ちょっとだけピキッときましたけど、子供のやることなんでね、気にしてませんよ」


 エルの方から「ちょっと……?」と疑問の声が上がったのを無視してステラ院長に笑顔を返す。ともかく、客間の準備が出来たということで、自分たちは二階の端の部屋へと通された。しかし、狭い空間になんとかベッドが二つという部屋で、一人が床で寝たらもう一人が入るのには厳しい広さだ。


「……アランさんには悪いのですが、屋根裏でもいいでしょうか?」

「大丈夫ですよ。急に押しかけてきて、泊まらせてもらえるだけでも御の字です」


 三人の少女たちを部屋に残し、自分はステラ院長を追って屋根裏へと招待された。屋根裏部屋は、やはり所狭しと物が置かれており――使えなくなった子供たちの遊具や、壊れた農機具、それにたくさんの木箱が積まれている。


 しかし、歩くと床板の軋む音が響く。見れば、床の隙間から少し階下の明かりが漏れこんでいるようで、中はだいぶ老朽化しているようだ。こんなに物があったら、床が抜けないかと少し心配になるほどだった。


「……すいませんね、こんなところしか用意できなくて。魔王が倒されたと言っても、不幸な子供たちが増えるのは後を立たなくて……」

「いえいえ、むしろ凄いと思いますよ……大変な状況でも、ここの子たちは元気で明るい。きっと、ステラ院長や修道院の皆さんのおかげですよ」

「そう言っていただけると、ありがたいですが……」


 それだけ言って振り返り、ステラは自分の寝床の準備をし始める。


「……でも、ちょっと安心したんです。あの子がキチンと外でもお友達を作っているって知られて」

「クラウから聞いてはなかったんですか?」

「えぇ、教会にいる間は、外と連絡も取れませんし……それに、二年前にフラっと来た時には、あんまり教会でのことを話してくれなかったんですよ。それで、心配してたのですが……」


 そもそも、教会にいる間は外との連絡を取れないのも初めて知ったが、二年前に来た時に話してくれなかった理由は想像できる。故郷に錦を飾るどころか、信じた神に裏切られ、友達と思っていた相手とも溝が出来てしまったのだから。


 しかし、こちらとしてはクラウが二年前に一度ここに戻ってきているのすら先ほど初めて知ったばかりだ。彼女はここが好きなようだし、何故ここに戻らずに暗黒大陸などという危ない場所で、冒険者家業などという危ないことをしていたのか――元々、身に着けた芸でその日暮らしをするのにお金を貯めているようなことを言っていたが、冷静に考えれば楽をするなら暗黒大陸なんて最前線である必要はなかったはずだし、変にケチってお金を貯める必要もなかったはずである。


「……アランさん、あの子から何か聞いていますか?」


 寝床の準備が終わってから、ステラ院長は心配そうな表情でこちらを見つめた。


「いえ……でも、一個だけ。この孤児院にいるときが、人生で一番楽しい時だったと以前言っていました」

「そうですか……」


 良かれと思って言ったのだが、院長は納得しなかったようだ。口元に微笑みは浮かべているものの、その瞳の色は悲しげであった。


「あまり嬉しくなさそうですね?」

「いいえ、嬉しいですよ。でもそれは、あの子がここを発って以来、あまり幸福でなかったことの裏返しですから……」


 確かに、言われてみればその通りだ。そして、その理由を自分は知っている――とはいえ、自分の口から言うものでもない。きっと時が来れば、クラウ自身の口から伝わるだろう。


 そして、自分と同じように思っているのか、ステラは腰に手を当ててやれやれ、という調子で微笑む。


「とはいえ、あの子の人生もまだまだこれからですからね……ここの思い出も大切にしてくれたら嬉しいですが、今からでももっと楽しいこと、嬉しいことを掴んでほしいなと思います」

「……そうですね」

「でも、だからこそ、アナタ達があの子と一緒にいてくれるのが嬉しいんですよ」


 そう言いながら院長が浮かべた笑顔は、今度こそ本物だった。そして同時に、クラウがこの人のことを信頼していた理由も、同時に彼女が過酷な環境にいても優しさを失わなかった理由も理解できた。


「アランさん、クラウたちに声をかけてきてもらってもいいですか? 一階で、八時から食事にすると……少し遅い時間にはなってしまうのですが、子供たちの夕餉ゆうげが終わってから。少しのんびりお話を聞けたらと思いますので」

「はい、分かりました。何から何までありがとうございます」

「いえいえ、そんなに豪勢なものはお出しできないですけれど……それでは、また後ほど」


 先に階段を降りていくステラの背を見送って後、部屋の中をきょろきょろと見回す。しかしどうやら、ここには時計などは無いらしい。物置なのだから当たり前か――それなら、ひとまず三人の部屋にお邪魔して、八時まで時間を潰すのが良いか。そう思い、自分も階段を降りてクラウたちがいる部屋へと向かった。

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