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4-30:月下の二人 下


 ◆


『……それで、なんであんなことになってたの?』

『アラン君が言っていた通り、ちょっとお話をしていただけさ』


 それも本当はどうだろうか。世間話ではなく、結構重要な話をしていたのではないか――とはいえ、それを咎める気はない。ティアだって誰かとのんびり話したいこともあるだろうし、アランとはそこまで話す機会も多くなかったはずだから、たまにはそんな時間があってもいい。


『……私が聞きたいのは、なんであんな、その……密着するような距離にいたかってことなんだけど……』

 

 しかも、ティアに声を掛けられて目覚めた時には、彼が真横にいたのだ。あまりにビックリして寝ぼける暇などもなかった。


『それはだねぇ、奥手なクラウに代わって、ちょっと押してみようかなと思ってね』

『むぅ……』

『……好きなんだろう、アラン君のこと。でも、同時に最近はちょっと焦っていたね? ハインライン辺境伯領での一件以来、エルさんのアラン君を見る目が変わったから』

『好きなんて、そんなこと……』


 ない、とは断言できない。しかし同時に、自分の胸に浮かんでいる感情が恋慕なのかも正直分からない。今までに異性を好きになったことが無かったから、自分の感情が正しく恋と呼ばれるものなのかも分からないのだ。


 とはいえ、レヴァルの地下道で二人っきりになって以来、彼のことを意識しているのは確かで――気が付けば眼で追ってしまっているし、暇さえあれば彼のことを考えてしまうのだから、ティアのいう事が正しくはあると思う。


 しかし、自分の感情に気付いてからもそこまで慌てることもなかった。エルはアランを異性として見ている感じではなかったし、ソフィアは異性愛というより敬愛して見ている感じだったからだ。


 要するに、慌てずとも自分の感情とゆっくりと向き合いつつ、彼との距離を調整していけばいい、そんな風に楽観的に捉えていたのは事実だ。


 そして、ティアの言う通り、アランとエルの関係性が変わったことにより、のんびりはしていられなくなった――いや、勝手に自分が焦っていただけかもしれないが。幸いにして、エルは自分がアランのことを憎からずに思っていることに気付いていないので、自分たちの関係性にとりわけ変化はない。


 そう、自分が変に色気さえ出さなければ、波風が立つことはないのだ。


『……そういう風にね、自分が我慢すれば丸く収まるって、それは違うと思うんだよ』


 ティアの言葉に思わずドキリとしてしまう。自分の思考を読まれたのもそうだが、一番はその言葉の重みに驚いてしまったのだ。


 今まで、なるべく周りを見て生きてきたと思う。なるべく皆が笑顔でいられるように、皆が悲しい思いをしないようにするために。その時、一番犠牲にしやすいのは、自分の願望だ。だから、本心を隠す場面だって、数多くあって――それが、自分の癖になっている部分があるのは確かだ。


 それは平穏の代償だと、今までは自分を欺くこともできた。しかし、今回の件はどうだろう――自分が行動しなければ、凄く後悔する気もする。


『そうかもしれないけれど……でも、さっきみたいなのも、ちょっと違うと思うの』

『そうかい?』

『そうだよ』

『まぁ、ボクの方でも一つ誤算だったのは、アラン君も意外と消極的だったってことだね……クラウも押し倒されていたら、抵抗しなかったんじゃないのかい?』

『だ、だからそういうのが違うの!!』


 すぐに否定したものの、言われたことを想像してしまい、再び顔に熱が戻ってくる。確かに積極的にこられたら、もう流れに身を任せてしまっていたかもしれない。胸が早鐘の様に鳴るのを抑えるため、一旦大きく深呼吸し――冷たい空気が肺に入ることで、幾分か冷静さが戻ってくる。


『……ティアなりに気を使ってくれたんだよね。そこはありがとう。でも、やっぱり……私は今の四人の関係性も、凄くすごく大切なんだ。だから、さっきみたいに一気に関係性を進めるんじゃなくて……うん、ゆっくり、皆の想いを確認しながら、それで後悔の無いようにしたい……なんていうのは、甘いのかな……?』


 段々と自分の言っていることが正しいものなのか確証が持てなくなってきて、最後は疑問形になってしまう。 


『……まぁ、そこはエルさんもクラウと五十歩百歩だからね。気長でも良いのかな?』


 そして、肉体の同居人も同じく疑問形で返してきた。それがおかしくて――質問に質問を返すのもそうだが、実際にエルさんも自分と同じくらい対人関係に関して消極的だから、思わず笑ってしまった。


『そうだよ』

『そうだね……うん、ボクも、エルさんもソフィアちゃんも好きだからね……クラウがそういうのなら、ボクはこの件に関しては見守ることにするよ』

『うん、ありがとう、ティア』

『どういたしまして……でもね、クラウ。君が好きな人は、ボクも同様に好ましく思う……だからもしかすると、ボクがアラン君をとっちゃうかもしれないよ?』

『そ、それはダメ!!』


 からかうようなティアの言葉を思わず反射で否定したが、冷静に思うとティアに取られる分にはいいのかもしれない。何せ、同じ肉体の中にいるのだから――しかし、それでも納得できなかった。やはり、自分を見てほしいのかもしれない。


『ふふふ、その素直さが、ボク以外の相手にも出ればいいんだけど……さて、そろそろボクたちも戻るかい?』

『……もうちょっと火照りを冷まさないと。アラン君の顔、見れないよ……』

『そうかい……申し訳ないけれど、ボクの方は眠ってもいいかな? 少し夜更かししていたんで、眠くってね』

『うん、大丈夫……アラン君が行った方に真っすぐ行けば戻れるんだよね?』

『あぁ、茂みをちょっと歩けば、焚き火が見えるはずさ……それじゃあおやすみ、クラウ』

『うん、おやすみ、ティア』


 おやすみの挨拶を済ませると、ティアはすぐに眠りについたようだった。そして、名実ともに一人になった今、夜の空気に頬を涼ませて、空を見上げる――とはいえ、星の輝きよりもあまり目に入らず、思い出されるのは先ほどのことばかりだった。


『アラン君、私のこと、可愛いって言ってくれた……』


 意識している人に褒めてもらえることって、こんなに嬉しいことなんだ――緩む唇を抑えることもできず、上記した頬もなかなか冷めてくれなかった。

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