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4-29:月下の二人 上

 話がひと段落したのか、ティアは両の手を組んで伸びをし、改めて赤い瞳でこちらを見つめてきた。


「……なんだか妙な話だったけど、伝わったかな?」

「あぁ、クラウのことも、ティアのことも……分かった、なんてのはおこがましいけれど、幾分かは理解できたと思う」


 ここまで話を聞いた今なら、ティアが何度か口にしていたことも理解できる。クラウの願いはボクの願い、ティアの存在そのものがクラウの願いであるのだから、この表現は本当に文字通りの意味だったのだろうと。


 いや、本当にその通りだろうか? ティアはクラウから分かれた魂だと言っていた。それならば、ティア自身の願いもあるのではないだろうか。そう思い直して、今までのティアの行動原理を思い返してみる。


「……勝手な邪推だが、ティアはクラウに自信を持って欲しいんだな」


 そう言いながら横を見ると、赤い瞳の少女は優しげな表情で頷いた。


「うん、そういうこと……さっきも言ったようにね、ボクが出来ることは彼女の理想、夢なんだよ。そして同時に、ボクはクラウの想像を超えることは出来ない。自分から新しい価値を生みだすことが出来ないんだ。

 本当に素晴らしい能力っていうのは、願い、想像すること……そしてそれに向かって歩みを止めないこと。願ったことは諦めなければ、きっと実現できる。クラウには、その力があるはずなんだ」


 そして、ティアはまた星を見上げる。


「ボクがなるべくクラウに頑張ってほしいのは、そう言った理由からさ。ボクが出来ることは、本来はクラウも出来るはずのこと……そして想像が出来る分、ボクより彼女の方が本当の意味では強いはずなんだ。それに、気付いてほしくってね……」


 その声色は、まるで妹を慈しむ姉のような声色だった。自分もティアと同意ではあるのだが、同時にこの子はなんと暖かいのだろうとも思った。


 元々、幼少期に過酷に対する矢面に立たされ、その後は比較対象にされ、自分がティアの立場だったらここまで相手を思いやれていた自信もない。


「……ティアは優しいな」

「どうだろう、厳しいのかもしれないよ?」

「まぁ、頑張らせてるって意味じゃそうなのかもしれないが、それでも厳しいのも優しさの内だろ」

「そうかなぁ、そうかも」


 腑に落ちなかったのか、言葉とは裏腹にティアの表情は納得したものではない。しかし、彼女なりの答えが見つかったのだろう、すぐにその口元に微笑みが浮かんだ。


「……ボクが優しいとするなら、それはクラウが優しいからだよ」

「うん、そうだな」

「ふふ、ありがとう」


 クラウが優しいことに同意するのは、言葉の上ではティアを褒めたわけではない。それでもティアが笑ったのは、クラウの幸せがティアの幸せだからだろう。


 伝えたいことを言い切ったのか、饒舌だったティアの言葉が止まった。そして思い出したかのように自分の肩を抱いて白い息を吐き出している。


「……しかし、やっぱり寒いねぇ」

「そうだな、そろそろ戻るか?」

「うーん、もう少し……」


 そこで、ティアの顔がパッと笑顔になる。イイコトを思いついた、という雰囲気だ。


「アラン君、寒いから近寄ってもいいかな?」

「あぁ、別に構わないが……」

「ふふ、ありがとう」


 礼を述べると、ティアはこちらが予想をしていたよりも自分の側に寄ってくる。一言で言えばほとんど密着状態で、肩と肩は触れ合うほどの距離になっていた。


「お、おい、結構近いな?」

「ふふふ、アラン君、緊張しているのかい? かわいいねぇ」

「あ、あのなぁ……」


 こちらの悪態も無視して、ティアはその大きな赤い瞳をこちらに近づけ、怪し気に口元を釣り上げている。


「……アラン君、クラウって可愛いと思わないかい?」

「うん、まぁ、そうだな……」

「ほうほう? 具体的にどのあたりが?」

「その、まぁよく自分で美少女って言ってるが、俺から見ても整ってると思うし……性格も適当に見えて真面目で一生懸命で可愛いと思うし……」

「なにより、胸が大きい」

「そう……いや、それは可愛さなのか!?」


 自分の慌てた声に、ティアはくつくつと笑う。


「ともかく、アラン君から見たら魅力的に映っていると」

「そりゃ、否定はしないが……ただ、あんまりじろじろ見てるとスケベって文句言われるからな」

「どうだろうねぇ、クラウの照れ隠しかもしれないよ?」

「……じろじろ見てもいいのか?」

「ははは、それはクラウの気分によるから、あまり推奨はしないよ……結構複雑な子だからね。でも……」


 ティアの両手がこちらの両肩を持ち――月の青い光が、彼女の美しい顔を照らし出す。


「……今は好きなだけ見てもいいんだよ?」


 ティアの言葉に緊張してしまったのか、思わず唾を飲み込んでしまう。だが、好きなだけ見ていいというのなら、見ないと失礼というもの――というより、彼女の吸い込まれそうな赤い瞳から逃げると、自然と視線が下に落ちてしまう。彼女の豊満な部分は目の前で、ほとんど自分に接触しそうな距離にあり、再び固唾を呑んで見つめてしまう。


 ティアは一体どういうつもりなのか、そりゃこんな役得というかありがとうございますなのだが、真意が見えず視線をあげる。見ると、流石の彼女も緊張しているのか、頭を垂れて少し震えているようだった。


「だ……」

「……だ?」

「ダメ!!」


 こちらの肩を掴んでいたはずの彼女の両手が、今度は自分の肩を押し出した。予想外の不意打ちに、自分は無様に倒れこんで後頭部を木の幹にぶつけてしまった。


「あ、あの、違うんですよアラン君。気が付いたらアラン君が隣にいて、それでティアがなんかこう、好き勝手してて……!?」

「お、おぉ……?」


 上半身を起こして彼女の方を見ると、月の光の下でも分かるくらい顔を上気させている――瞳の色もいつのも青色に戻っているので、どうやらクラウが目覚めたようだった。


 誰かが慌てていると、自分の方は少し冷静になるものだ。ティアにからかわれて大分どぎまぎしたのも事実だが――気が付いたら自分が居て、というクラウの表現的に、本当に先ほど覚醒した形だろう。


 それなら、聞かれたくないことは聞かれていないのだろう。一方で、下手すれば見られたくない所を見られてしまったのではないか。そんなこちらの思考を他所に、クラウは辺りをきょろきょろ見回して、同時に両腕をあくせくと動かしている。


「え、えぇっと……アラン君、何故にティアと二人っきりになってたんですか?」

「あぁ、ちょっとな、退屈な見張りを気晴らしに話し相手になっててくれたんだ」

「そ、それで一体全体なんで、あんな密着状態になるんですか……!?」

「それは分からん……ティアに聞いてくれ……」


 そこまで言って、ティアの雰囲気に完全に呑まれていた自分が若干情けなかったことに気付きもしたのだが。悲しいかな、あんな奇襲に対応できるほど前世の自分は経験豊かではなかったという事なのだろう。


「ふぅ……すいませんアラン君、先にちょっと戻ってもらっていいですか? ちょっとティアと話がしたいので……」

「まぁ、そうだよな……俺が行った方に真っすぐ行けば戻ってこれるから」

「はい、分かりました……寝ててもいいですよ?」

「いや、見張りだから寝られはしないんだが……」


 それだけ言い残し、自分は焚き火の方へと戻ることにした。しかし、吐息がかかるほど近くにいたティアのことを思い出し――心も体も何となく緊張したままだった。

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