4-28:クラウディア・アリギエーリという少女 下
「……とある晩のこと、ボクは村の奥の祠に連れていかれた。そしてそれが、最後の夜になるはずだった……でも、それはクラウディアの終わりでなく、村の終焉となった。祠の扉から僅かに除く隙間から、村が煌々と燃ゆるのが見えた……あの魔族の襲撃が無かったら、ボクは、クラウは、この場にいなかったはずなのさ」
「皮肉なことに、人類の仇敵たる魔族が、二つの魂の救世主となった、か」
「そういうことだね……そしてあくまでもボク達にとってのみ幸いなことに、魔族はボクを発見できなかった。そして滅んだ村の調査をしに来た者に、クラウが発見され……山を下った先にある小さな孤児院へと預けられたのさ……ここまでのことは、クラウ自身は詳細には覚えていない。ただなんとなく、心の奥底に、自分の生まれ故郷の景色がボンヤリとあるだけのはずだ」
「……なるほど、それでクラウが寝てる間に話しておこうと」
「うん、そういうこと」
クラウが過酷な記憶を覚えていないことは、まだ良かったのかもしれない。村で行われた行為を残虐だ、非道だというのは簡単だ。しかし時代が、環境が――それを許してくれなかったと思えば、やるせないものがある。
そんな風に思っている間に、気付けばティアは身をこちらに乗り出し、覗き込むように下から自分の瞳を見つめてくる。
「……アラン君、ボクは以前、君とボクは似ているんじゃないかと言ったね。それは、肉体に対し、魂が後から定着した形だからだ。本来、肉体と魂は不可分で、同時に発生するもの……それがアラン君に関しては、転生なんて言うとんでもない理由だとは予想だに出来なかったけれど……でも、実は一つ違和感があるんだ。本来、転生というからには、赤子から始まるべきなんじゃないかな? それなら、魂と肉体とが一体になっているはずなのに……どうして君は、成長した姿で現れたんだろう? 君のそれは、肉体に対して魂を無理やり定着させているようだからね……」
「……確か、レムもそんなことを言ってたな。無理やり定着させてるって。だけど、成長した姿で現れたのは、レムが俺をこの世界に立たせた瞬間から、すぐに世界を回ってほしかったらからじゃないか?」
「うん、それはそうだね……でも、レムは何故、そんなに急いでいたんだろうか? もっと前から計画的に動くことだって出来たかもしれないのに……」
「まぁ、緊急なことがあったのかもしれないし、そもそも俺に世界を見てほしいんなら、わざわざ赤子からやらせることもないんじゃないかな」
実際、レムが念を押していたのは、前世の倫理観でこの世界を見てほしい、だったはず。生半可にこの世界でゼロから生を受ければ、この世界の倫理観に染まり、本来レムが欲しかったはずの違和感にも気付けなくなる可能性がある。
ただ、それをどこまでティアに言おうか――悩んでいるうちに、ティアは諦めたように小さく嘆息した。
「……そうだね。判断できる材料はボク達にはない。まさしく、神のみぞ知るってやつかな」
そして、ティアはこちらから身を離し、再びぽつりと話し始める。
「さて、話を戻そうか。まぁ、孤児院にたどり着いてからの話は、以前にクラウが話した通り。優しい院長先生の下、やっとクラウは人のぬくもりや、思いやりの大事さを学ぶことが出来た。本来は過酷な村の環境に適応するために存在していたボクは、平和な孤児院ではお役御免……とはならなかった。クラウがいつもボクを気にかけてくれて、話しかけてくれて、周りの優しい人たちにも紹介してくれて……」
ティアはそこで一旦話を切って、嬉しそうに微笑を浮かべた。
「だから、ボクはクラウが好きなんだ。大切で誰よりも優しい、もう一人の私……器用に見せかけて不器用で、一生懸命なクラウ……だから、ボクはクラウに幸せになって欲しいんだよ……クラウがボクを大切にしてくれたことで、ティアという人格は一時しのぎの人格でなく、明確な自我を持った。同時に、彼女の祈りとしての役目を、また別の形で背負うことになったのさ」
「……うん?」
「元々、ボクはクラウの祈りや願いが具現化した存在だ。それが故に、ある一つの特性を持っている……それは、クラウが思い描く理想の自分、それがボクに反映されているんだ。たとえば凄く強くなりたいってクラウが思ったら、その強さはボクに反映される。魔法が上手くなりたいと思えば、またボクに反映される……手前味噌かもしれないけれど、ボクの戦闘力の高さは、つまりはクラウが思い描く理想なんだ……もちろん、彼女の想像力の範囲と、肉体の限界までだけどね」
それならば、ティアの異常な強さにも納得がいく。瞬間的な爆発力ならADAMs、単純な火力ならソフィアの第七階層や二剣を持ったエルの方が上かもしれないが、個としての総合力なら自分たちの中でティアが一つ頭が抜けている強さがある。もちろん、彼女の言い分を鵜呑みにするのも滅茶苦茶ではあるのだが――要は妄想の範囲まで強くなるという事なのだから、そんなとんでもないことは普通は――。
「ふふ、あり得ないって思っているのかい?」
「まぁ、体現者が目の前にいるからな……滅茶苦茶だとは思うけれど、納得はするしかないだろう」
「……こんな話があった。子供向けのおとぎ話で、ニンジャというヒーローがいた。クラウはそれに憧れて、自分もそういうのが出来たらいいのにと願った」
「……その結果が、カンナギ流とかいうトンチキ体術だった訳か?」
「ふふ、その通り。でも、彼女の思い描くカッコいい流派だから、実態なんかお構いなしさ。それで、光線なんか出ちゃったりするわけだけど……まぁ、ボク自身が預かり知らぬ間に、カンナギ流とやらを使えるようになって、彼女の曖昧さを具体化して、彼女に伝授したと……そんなわけだね」
以前、クラウが忍者の技を知り合いから教えてもらったと言ってたはず。その相手はティアだった訳だが、そもそもその忍者の技自体が彼女の妄想の産物であったと――そう思うと、なんだか少しおかしくて噴き出してしまった。
「はは、そう言えばだが、この前教会を襲った魔族、まだあっちの方が忍者味があったな」
「あはは、そうなんだ……いや、襲撃されたことを笑うのもなんだけれども。しかしアラン君、前世の記憶に正しいニンジャの記憶はあるのかい?」
「いやぁ、どうだろうな。忍者なんて、俺の生きてる時代でも既に無くなっている職業で、おとぎ話の中で語られるだけの存在だったから……本当は隠密とか、スパイとか、そういう役割だったみたいだけどな」
「なるほど……それならボクより、アラン君の方がニンジャっぽいね」
「そうだなぁ……そうかも……」
そう曖昧に返事を返しながら、ティアが話していたことと実際にクラウを見ていて気付いたこととの差異が頭をよぎった。
「話は戻すが、アレだろ? ティアはクラウの理想……でも、クリエイターとしての技能は、クラウには無いよな?」
「うん、そうだね……まぁそこは、アガタの存在が大きかったのかもしれないね」
ティアは今度は、鬱蒼としげる林の方をぼんやりと見つめながら話を続ける。
「孤児院という暖かいゆりかごから、教会の総本山へと連れていかれ……院長先生の言いつけ通り、ボクは人前で姿を表すことは無くなった。でも、クラウにも本当は凄い力があって、どんどん頭角を表していく……そんな中で出会ったのが同期の天才、アガタ・ペトラルカだった」
そこで切り、ティアは意地の悪そうな笑顔でこちらを見た。
「アラン君から見たら、アガタはちょっときつそうな性格に見えたかもしれないけれど……」
「いや、お笑い側の人だろ、彼女は」
「あはは、そう、その通り……うん、誤解がない様で良かったね。ともかく、彼女もまた一生懸命で、真面目で、優しい子さ。同時に、クラウと同じだけの……いや、下手すればそれ以上の才覚があった……そうする中で、クラウは初めて他人を強く意識したんだよ。自分が優れている、劣っている、そういう比較対象が出来てしまったんだね。そしてそれが原因で、肉体を同一にするボクをも、クラウは比較対象にした。それは、どちらかと言えば悪い意味で……自分は全部、ティアには勝てないって。そして同時に、切磋琢磨できるアガタは、ライバルでもあるけれど、クラウにとって大事な存在だったんだ」
言葉を紡ぐたび、ティアの表情は段々と寂しげなものになっていく――口調は淡々としているが、それでも自分の大切な友達が、自分と比較して落ち込んでいること、同時に自分を卑下してしまっていることは、ティアにとっても哀しいことなのだろう。
「……要するに、クラウは自分の存在意義を探しているんだよ。自分にしか出来ないこと、自分にしか価値を出せないもの……それを一生懸命に模索している。ボクがクリエイターの技能を持たないのは、クラウがそれまで持つことをボクに望んでいないからさ。幼少のころから教会に入ってしばらくは、ボクはクラウの理想のままだった。そしてアガタと出会って、自己と他者を強く認識する中で、自分の役割を強く希求し始めた……こんな感じかな」
そう言われて、レヴァルの地下でクラウと二人きりになった時のことを思い出す。自分にしかできないこと、ティアやアガタにもできないこと――正確には、きっと自分だけの何かを、クラウは探しているのだろうと思われた。




