4-21:土地を継ぐ者 上
地面に衝突する瞬間、なんとかエルにケガをさせないように再び宙で翻り、地面に背中をぶつける形で着地する。背中に激痛が走る物の、痛みがあるうちは生きてる証拠――すぐにエルは飛び上がり、倒れ込んで動けなくなった自分の横にしゃがみ込んだ。
「ちょっと、私を庇う事なんかなかったのに!」
「いやぁ……まぁそこはホラ、俺の方が頑丈だし……」
「……そもそも、私が無茶なことしたのが悪いのよね……ごめんなさい」
「いいや、アレがベストだった。アイツとやり合うだけの余力は正直なかったし……」
そう言いながら、爆発で吹き飛んだ教会の基礎部分に目を向ける。傷だらけの体でなんとか意識を集中させてみるが、先ほどの殺気はどこかへと消え去っていた。
「……現に、追い払うことは出来たようだ」
「……アレで生きてるっていうの?」
「恐らくな……」
空蝉の術とか言って幻惑を見せたり、音速に近い速度で動ける身体スキルがあるのなら、アレくらいで死んでいるとも思えない。生きているのならこちらにトドメを刺しに来ないのは不可解だが、恐らく爆風で幾分かダメージを与えることには成功したのだろう。
その後、合流したティアに傷を治してもらい、エルに肩を借りて教会の跡地の方へと向かった。床の一部分に穴が開いており、恐らくここから脱出したのだろうが――レヴァルの地下道などと違い、これは無理やり穴を開けたようだった。
「……アイツ、モグラか何か?」
「……さしずめ、土遁の術とかいうつもりなんだろうな」
「はぁ?」
ひとまず脅威が去ったことを周りの者たちも察したのだろう、式に参列していた者たちが、様子を見にこちらへ恐る恐る戻ってきているようだった。その中でも乱暴に歩みを進めて来て、明確に怒りを顕わにしている一人の男が居た。
「……貴様ら、さっきの男とグルなのだろう!?」
カール・ボーゲンホルンが大声を張り上げながら、自分とエルの方を指さしてくる。
「あのなぁ、それならもうちょっと穏便にやるだろ……何もこんな教会吹き飛ばすほどのことは……」
「うるさい黙れ! こっちが情けをかけてやったというのに、恩を仇で返しやがって……許せん! おい誰か、こいつらをひっとらえろ!!」
現領主が喚き散らしても、周りの従者たちは誰も彼の言には従わず、うろたえているだけだ。それもそうだろう、あんな化け物相手に戦ってた自分たちに手を出すのも危険だし、彼らの領主に対する忠誠心などその危険を冒せるほどの物でもないのだから。
「クソ、オレのいう事が聞けないっていうのか!? オレは東の大貴族、ボーゲンホルン家の次男だぞ!?」
周りに怒鳴り散らして落ち着かない男に対して、肩を貸してくれていたエルが大きなため息をつき、自分のベルトから一本の短剣を抜き出した。
「ちょっと借りるわよ」
「あぁ? エル、何するつもり……」
こちらが質問を言い切る前に、エルは自分を支えていない方の手でナイフを投げてしまう。それは喚き散らしているカール・ボーゲンホルンの鼻先をかすめて、彼の後ろにあった残った煉瓦の隙間部分に見事に刺さった。
「ひ、ひぃぃい……」
先ほどの緊張感が体に戻ってしまったのか、カールは再び腰を抜かしてその場にへたり込んでしまう。対してエルはこちらから肩を外し、壁に突き刺さった短剣の方へと歩いていく。
「……カール・ボーゲンホルン。悪いけど、やっぱり婚約は破棄させてもらうわ」
「なっ、なっ……」
「ハインラインと共に歩むならば、やはり脅威に対して毅然と戦うくらいの気概が無いと……いいえ」
壁までたどり着いても、下で腰を抜かしている男を見ることもなく――煤だらけの花嫁は壁の短剣を引き抜き、振り向いて自分の方を真っすぐに見つめてくる。
「せめて私を妻として娶るなら、これくらいの粗相に対してはあぶねぇな、の一言で済ますくらいの胆力が欲しいわね」
そう言いながら、エルは笑顔で短剣をこちらに放り投げてきた。ゆっくり飛んできた刃の部分を指で挟んでキャッチし、真剣白刃取り、と頭の中で唱えたのち、そんな胆力のある男はそうそういねぇよ、と頭の中で突っ込んでおいた。
そして、丘の下から数名の者たちがこちらへ走ってくる気配を感じ――数名の軍服が現れ、その先頭には逮捕令状と書かれた紙を掲げたソフィアが居る。
「カール・ボーゲンホルン! 脱税などの汚職に関する容疑で、アナタを逮捕……って、教会が吹き飛んでる!?」
ソフィアが驚愕に大声を出すのと同時に、カール・ボーゲンホルンは絶望した表情をしだした。その表情があまりにもこの世の終わりみたいな哀愁を纏っていたので、流石にちょっと可愛そうになってきたりもしたのだが、まぁ領民を苦しめていて不正をしていたのだから自業自得かと思って流すことにした。
カールが数名の軍服たちに連れ去られて後、残った軍人たちに対して教会跡地でそのまま事情の説明をすることにした。襲撃者の顔を見たのは自分とエルしかいなかったが、魔族であったので、魔王を討伐したことに対する復讐なのでは、と説明しておいた。
当然、ソフィアは若干訝しむ表情をしており納得していない風であったが――あとでゲンブの手の物と説明すれば少女も納得してくれるだろう。
「……ワシらは一体、どうすればいいんじゃ……」
説明が終わったタイミングで静かになった時、ふとそんな声が近くからあがった。どうやら、結婚式に集まっていた野次馬の一人がポツンと漏らしたようだ。
「えぇっと……カール・ボーゲンホルンの代わりに、ひとまず学院から派遣された方が代理でハインライン辺境伯の統治を……」
「……いつになったら、この土地は落ち着くのかしら……?」
ソフィアの説明を、別の衆人が中断した。見ると、圧政から解放されたという活気は一切なく、むしろ領民たちはどんよりと肩を落としているように見えた。
「……せっかく、カール様の治世にも慣れてきていたのに……」
そんな声も聞こえてくる。なるほど、そういうことか。
長い戦火に領主の不在、ハインライン辺境伯の領民としての誇りを失っていた彼らにとって、すでに圧政に対して反発する気力などなかったのだ。むしろ、多少辛くとも、明日がもっと苦しくないのなら、現状維持でよい――そんな厭世感のもと、彼らは生活していたに違いない。
つまり、希望が無いくらいなら、カールの治世でも良かったと彼らは思っていた。自分たちが良かれと思ってやったことは、領民からしてみたら余計なお世話だったのだ。それはある意味、消極的な絶望の享受という選択肢を彼らは取っていた、とも言えるのかもしれない。
ともかく、どうするか。賽を投げたのは自分たちだ。良かれと思ってやったんです、すいませんでした、で通じる気配ではないが――そう思っていると、軍服を羽織ったエルが一歩前に出て、丘の下に集まっている領民たちの前に出た。




