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4-18:虚飾の結婚式 下


 ◆


 巨大な姿見に映る自分の姿を見て、大きなため息をついてしまう。


「……お綺麗ですよ、エリザベート様」

「エマ、それは皮肉?」


 自分は振り返りもしないで、鏡の中で自分の奥に居る従者に問いかけた。


「申し訳ございません……ですが、きっとアラン様たちがどうにかしてくださいます。今しばらくの辛抱です」

「……そうね」


 一言返してもう一度大きなため息をつき、再び鏡を見ると、背後の扉の位置に派手なタキシードに身を包んだカール・ボーゲンホルンがいた。


「……この期に及んで、まだ逃げる算段か?」


 こちらとしてはハッキリ言ってコイツを憎らしく思っているので、わざわざ振り返る価値もない。対して、カールは鏡に映るこちらの姿を品定めするような視線で眺めている。


「ふむ……まぁ、そこそこって所だな。本当はオレの妻になるんだ、ドレスも特注したかったが……何せ、お前さんがすぐに式を挙げてくれと言ったんだ、我慢してやろう」

「私は式を急げとは一言も言っていないわ。なんだったら、今から式を取りやめてもいいくらいよ」

「それは出来ない。夫に恥をかかせるつもりか……言っておくが、これはお前にとってもチャンスなんだからな……」

「はぁ……?」

「カタリナ前王妃が、何故国外から追放されたのか……分からないほど子供でもあるまい?」


 コイツの言いたいことは分かっている。幼いころには分からなかったが、歳をとるに連れて理解したこと――それは、順序が逆だという事。世間的には王家を追放された妊娠中の母を養父が引き取ったという形だが、実際は王国に滞在しているときに、父が――。


「まぁ、オレにとっては貴様の生まれなど、そんなことはどうでもいいんだ……現国王が体裁のためなのか、お前は王家に血が連なっていると表面上は言われていることが重要なんだからな……むしろ感謝してほしい。伝統と清廉を重んじるレムリアの貴族が、領民に対する責務も果たさずに放蕩していた不義の子を嫁に迎えてやろうっていうんだからな。他にお前を嫁にもらおうなんて物好きなど、存在しないのだから」

 

 奴の言葉だけでも十分な侮辱。だが、それ以上に――コイツには王国への、同時に前領主と私の母への敬意が一切ない。確かに、二人の関係は褒められたものではなかったのかもしれない。それでも――。


「……良い顔をするじゃないか……だが、式ではもう少しおしとやかにするんだな。さぁ、式が始まる……覚悟を決めてさっさと来るんだ」


 カール・ボーゲンホルンが控室から去った後、エマが珍しく遠慮がちに目を伏せている。


「……エリザベート様、もしや、アナタが仇を追ったのは……ハインラインの手で、雪辱を果たさなければ……」

「止めて頂戴……馬鹿な小娘が、その場の衝動で決めたことよ」


 そう、王の妃との間に不貞を働いた父が、魔王を倒すという使命も果たせぬまま暗殺されたとなれば――父と母の不義はあくまで貴族間でのみ噂されていることで、一般的に広くは浸透はしていないものの、それでも名誉を取り戻す機会を永久に失ってしまった父の雪辱は、ハインラインを継ぐ自分が果たさねばらない――そう思ったのだ。


 とはいえ、それも浅慮だったと今は痛感している。結局、仇を見つけることも出来ないまま時間ばかり過ぎて、アランたちに会わなければ魔王を倒すという本来の使命をも果たすこともできなかったのだから。


 そして同時に、やはり時間が経ちすぎてしまった。本当はこれ以上の放蕩は望ましくないのも理解している。だから、せめて、あともう少しだけ――この虚飾の結婚式を終わらせて、彼らと一緒にもう少しだけ、世界を回らせてほしい。


(……我ながら、とんでもないワガママだわ)


 そう思いながら、鏡から目を離す。きっと自分は今、自嘲的な笑みを浮かべているだろう――同時に、覚悟は決まった。


「……行かれるのですか?」

「えぇ、行くわ……これ以上の時間稼ぎも無駄でしょうし」


 エマと二日間、今までの旅の話をしてきた。結局最後まで、好きとかいうことは分からなかったが、一つだけ確実なことがある。


 それは、アラン・スミスはきっと来てくれるという事――なんだかんだで、彼は困っている人の下へ駆けつけてくれるから。


 控室から出て廊下を歩き――エマが介添かいぞえとして裾を持ってくれている――礼拝堂へと向かう。すでに礼拝堂は参列者で満たされているが、自分の故郷だというのに見知った顔はほとんどない。恐らく、カールの手の物や部下たちだろう。


 そして、教壇の前には既にカール・ボーゲンホルンが立っており、にやけた顔でこちらを見ている。奴としては三度目の式になるのだから、慣れたものなのだろう。こちらとしても愛など誓う気もないのだから、別段緊張しているわけでもないが。とはいえ、視線が集まる事に対する居心地の悪さだけはある。


 自分が教壇の前に立つと、ハインライン辺境伯の大司祭が少し青ざめた顔でこちらを見ていた。彼は、父と所縁のある人物だから――この結婚には反対はせずとも、思うところはあるのだろう。


 教会の鐘の音が鳴らされ、いわゆる誓いの言葉が司教の口から紡がれる。それをなんだか他人事の様に聞き流しながら――あぁ、これが好きな人と並んだ場であったのなら、もっと気持ちも高揚するのだろうか――そんなことを考える。


 隣に彼が居たら――見るのはやめよう、実際にカールの顔が目に入ってきたらいらいらしそうだ。とはいえ、もしアイツの顔があっても、なんだか癪な気持ちになりそうだ。少し緊張でもしてくれたら、可愛げがあって楽しいかもしれないが。


「……カール・ボーゲンホルン。汝、ここにいるエリザベート・フォン・ハインラインを妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

「はい、誓います」


 二度妻に逃げられている男がどの口で愛しているとかいうのか。しかし、この先まで言ってしまえば、自分も彼のことを笑えなくなる――出来れば、偽りの誓いの前に――。


「エリザベート・フォン・ハインライン。汝、ここにいるカール・ボーゲンホルンを夫して愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」


 少しでも、時間を稼ぎたい――ここで黙ったところで、数秒しか稼げないのは分かっている。いっそ、この場で「誓いません」とでも言って逃げ出せてしまえば楽なのに。あぁ、しかし――つい先ほどまで、あんなに強気だったのに、土壇場に来て急に気が弱くなってきてしまう。


 本当は、ここで誓うべきなのではないか? カールの言うように、どの道自分には後見人が必要であり、またハインラインを存続させるには夫が必要になる。そして、自分は貴族間では腫物扱いであり、娶ってくれる相手などいないのであるならば――愛する気持ちが無くても、この男の伴侶になるのが、正しいことなのではないか?


 自分が押し黙っていると、会場が少しざわつき始める。止めて、惑わさないで――心の弱い自分は流されてしまいそうになる。この場で誓わないのはおかしいことだ、普通はあり得ないことだ、そう思うと流されそうになってしまう。


 この数日間、色々考えてはみたのに、結局そのどれもが正解か、不正解かも分からなくなってきてしまう。ただ一つ、それでもただ一つ、やはり自分の胸に去来する思いは――。


(……アイツと、あの子たちと、もう少し、私は一緒に居たい……!)


 そう思った瞬間に、背後から教会の扉があけ放たれる大きな音がした。我に返って、扉の方を見ると、彼が――アラン・スミスが扉を開けて立っていた。


「あ、アラ……」


 彼の名を呼ぼうとした瞬間、世界が目まぐるしく変わった。破裂するような音、体に何かに引っ張られるような強い力が働いたのと同時に、視界には自分のドレスのスカート部分が目に入る。


 次いで、教会のステンドグラスが割れる音、そして何かが飛来して、床に突き刺さる音、礼拝堂の絨毯が炎で燃えていること――そして最後に気付いたのは、自分は足で立っているわけでなく、咳き込んでいるアランに抱きかかえられているということだった。


「ごほっ……エル、立てるか?」

「た、立てるも何も、何がなんだか……アラン、何が……!?」


 そう言った瞬間、すさまじい殺気がこちらに向けられているのに気付く。


「……ハインラインの器、ここで貴様を討たせてもらう」


 すぐにアランの腕から降り、その殺気が放たれている方を見ると、割れたステンドグラスの先に、黒装束の巨漢が立っていた。

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