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4-17:虚飾の結婚式 上

 結婚式の当日、自分はクラウと共に街はずれの教会近くに来ていた。もちろん、自分たちは式に招かれてもいないので、教会の中に入ることも叶わない。それは他の領民たちも同じで、多くの野次馬たちが教会の周りを取り囲んでおり、自分たちはその外側で腰を卸して座っている形だ。


 屋敷に侵入した後のカール・ボーゲンホルンの動きとしてはこうだ。前領主の娘であるエリザベート・フォン・ハインラインが帰郷し、新たな領主であるボーゲンホルン家と契りを結ぶことになると領民に公表。式を急いでも親族などこれないのではないかとも思ったが、カールは本家との折り合いも良くなく、むしろ下手な横やりが入る前に既成事実を作ろうとしている、というのがソフィアの意見だった。


 同時に、こちらとしてはソフィアに依頼し、式の当日に軍でもって屋敷を捜索、証拠が見つかり次第すぐに教会へと来て、式を中断させようという算段になっている。自分とクラウは式の方で妙なことがあった時に、すぐに動けるように教会の近くでスタンバイしている形だ。本来は領主の結婚式なのだからハインライン辺境伯の大聖堂でやるべきなのだが、急なスケジュールのため、郊外の教会が式場に選ばれている。


 しばらく無言で待っていたが、教会の鐘の音が鳴り響きだしたタイミングで「エルさん、大丈夫でしょうか?」とクラウがポツンとつぶやいた。


「カール・ボーゲンホルンを捕らえる手筈は出来ているから、大丈夫だろう」

「そういうのじゃなくってですね……なんというか……嫌な相手と結婚式を挙げるって、トラウマものじゃないかなぁって……」

「まぁ、そりゃイヤだろうが……」


 クラウの言う事も一理ある。自分は、どう彼女を救い出すかだけ考えていたが、フリと言えども好きでもない相手と式を挙げるのは気分は悪そうだ――そう思っていると、クラウは俯きながら話し続ける。


「……アラン君の前世では、結婚ってどんなだったんですか?」

「け、結婚だぁ? そうだなぁ……」


 一応、前世とやらの記憶を手繰ってみる――自分がクローンだったと想定すると、自分のオリジナルの感覚値になると思うのだが――ひとまず知っていることをいう事にする。


「……俺がいた世界では、結婚とかはまぁ、好きな人同士でやるものだったな」

「へぇ、素敵ですね」

「この世界では違うのか?」

「まぁ、好きな人同士ですることもあるって感じでしょうか。身分の低い人たちは、ある程度の年齢になれば子孫繁栄のためになし崩し的に結婚すると言いますか……早めに好き同士になっていればその人と結婚ってケースもありますけど」


 なるほど、異世界に来てもやはりリア充は強いらしい。


「でもやっぱり、身分が高い人は、異性的に好きで結婚するケースはほとんど無いようです。そういう意味では、エルさんなんかはある程度、覚悟はあるんでしょうけれど……それでもなんとなく、そういうのはイヤだなぁって」

「……クラウは優しいな」

「そんなんじゃないです……でも、エルさんには幸せになってほしいなぁ、なんて思うんですよ」

「そうだなぁ……」

「ちょっと、なんだか他人事ですね?」

「そんなつもりはないんだが……」


 そう言いながら、教会の方を見る。あそこで今、エルは純白のドレスに包まれているのか――だが彼女の進む未来は、血に濡れているかもしれないのだ。


 前世的な倫理観でいえば私刑は推奨されない。相手が人殺しだと言えども、その者を手にかければ同じ人殺しだ。もちろん、感情の整理の問題もあるし、この世界の倫理観と自分の倫理観は異なる上、最初に彼女の復讐に対する誓いを聞いた時にはここまでの付き合いになると思っていなかったので、深くは突っ込むことはしなかった。


 ただ、ある程度の付き合いになってきた今だから思う。彼女には、ただいたずらに人を殺めてほしくないと。もし彼女が誰かを怒りのままに殺めたなら、それは仇と同列にまで彼女が堕ちることを意味するのだから。


 そういう意味では、先日彼女が思い直してくれたのは、自分にとっては望ましいことだった。相手の事情も知らぬ間に復讐を果たすのは違うと――誰かが聞いたら甘いと思うかもしれないが、それでも彼女のその決断は、自分にとって貴いものだった。


 同時に、もし仇のエルフがどうしようもない程の悪であるとするなら――。


(その時は……)


 視線を落とし、自分の右手を見つめる。この身には、エルフと同じ業がある――もし代わりに自分が彼女の仇を断罪したとなれば、エルは怒るだろうか? 自分の怒りを、失った悲しみを癒す手段を奪った自分を恨むだろうか。


 それでも、彼女の往く道が血で濡れるよりは良いような気がした。そうだ、それならば、彼女には幸せになる権利がある――そう思いながら、改めてクラウの方へと向き直る。


「そうだな、俺もエルには幸せに……」


 なって欲しい、そう言い切る前に、自分のセンサーが禍々しい気配をキャッチした。それは凄まじい殺気を纏い、超高速でこちらへ――いや、教会を目指して飛来してきているようだった。

 

『……アラン』


 同時に、男の声が脳内に響く。つまり、自分の体が最大限に警戒すべき相手が、教会を目指してきていることになる。


「クラウ、補助魔法を頼む!!」

「え、えぇ!? なんですか突然!」

「いいから早く!」


 急いで立ち上がり、体に補助魔法の淡い光がかかるのを確認して、自分は教会付近にいる野次馬をかき分けて扉を目指した。

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