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4-16:旧ハインライン邸への潜入 下

「……止めて、近寄らないで!」

「ははは、良いだろう、冒険者なんて粗暴な家業についていたんだ……まさか、男を知らないわけではあるまい?」


 なるほど、婚前交渉をしようと男側がハッスルしているということか。暗黒大陸で最強の剣士が腕力で負けることもないはずだが――近くにエマが居るようだし、それこそ下手に殴り返しては問題が起きるだろう。その証拠に、エルは反論こそしているものの、手を挙げるそぶりはない。


 男がエルの細腕を掴むのと同時に、こちらは窓を少し開け、袖に仕込んでいた針を取り出す。その針が男の首に刺さると、男は少し痛みに声を上げ、すぐさま倒れ込んで大きな物音を立てた。


「……やべっ」


 男の行動にイラつき、つい後先考えずに行動してしまった。エルはすぐにこちらの声に気付き、一瞬パッと明るい表情をしたものの、すぐに隠れるようにとジェスチャーをする。ロープを使って窓の下に隠れた直後、部屋内の扉があけ放たれる音がした。


「……何事ですか!?」

「……カール様はお眠りになってしまったようです。なにやら、ここに来る前に大変酔っていたようですから……」


 男とエマの声が聞こえた後、恐らくカールのお付らしい男が主人を支えながら部屋を出ていく音がした。壁伝いに男たちが階段を下っていくのを感じ――こうなれば安全だろう、壁を上がって窓の高さに顔を合わせる。

 

「……よう」


 窓は中に入れるほどの大きさでもないので、こちらとしては本当に顔だけ出している、という感じで、一応空いている右手を添えて挨拶をした。中を改めてみると、いわゆる座敷牢という感じで、扉の付近は牢屋になっている部屋だった。


 エルはこちらを見てほっと胸を撫でおろし、すぐに右手の親指と人差し指の間に小さな針を持ってこちらに見せつけてきた。


「……アナタ、コレ毒じゃないでしょうね?」

「いやいや、ただの睡眠薬さ。アリギエーリ印の強力なヤツだよ」


 ここに来る前に、もしものことを想定して仕込んできたやつだ。とはいえ、この冬の寒空で見張りを寝かせば凍死の恐れもあるので、最終手段として持っていたやつだが――カールが泥酔してくれていたことと、エルがすぐに針を抜いてくれたおかげで、一応は寝落ちしてしまったでギリギリ筋は通せるだろう。


「色々と話したいことはあるが……見張りがいつ戻ってくるかも分からん。エマ、カール・ボーゲンホルンの汚職の証拠がどこにあるか聞きたいんだが……ちゃんと屋敷内に残ってるんだよな?」

「はい。汚職の証拠は恐らく健在です……直近でカールに気付かれていなければ、ですが。場所は、執務室の暖炉の裏手にある隠し部屋です。カールもどこかに証拠が隠されてるんじゃないかと、大分屋敷内を探すことは想定していたので……」

「なるほど、灯台下暗し、まさか普段から自分が居るところに隠しているとはアイツも思わないだろうと判断したってことだな」

「その通りです。ひと月前に確認したときにはまだ気付かれていませんでしたから、恐らくまだ無事かと」

「ついでに聞きたいんだが、夜間に執務室まで、バレずに行くことは可能そうか?」

「残念ながら、難しいかと思います。屋内と執務室周りにも、夜間に数名の見張りがいます。それに、執務室には夜間は厳重に鍵が掛けられていますので……アラン様はスカウトの技能が高いとお見受けしますが、解錠のスキルは?」

「多分無理だな……」


 自分のことなのに多分、とついてるのに違和感があったのだろう、エマは訝し気に首をかしげている。


「まぁどの道、明るい屋内をバレずに移動も難しいだろうからな……それに、そもそも中に入るのが無理そうだ……」


 執務室は二階だから、窓から侵入するにしても少し骨が折れる。同時に、窓ガラスを破ったら大きな音が立つので、バレずに回収は不可能だろう。そうなれば当初の予定通り、ソフィアに任せるのが無難か。

 

「エル、ちょっと来てくれ」


 こちらへ近づいてきたエルに対し、袖に仕込んでいた睡眠針を数本手渡す。


「こいつを使って、なんとか後一晩乗り切るんだ……くだらない結婚式なんて、俺がぶち壊してやる」

「……あの、アラン」

「見張りに見つかるかもしれないから……じゃあな」


 それだけ言い残し、ロープを切って三階の屋根に着地し、あとはそのまま来た道を引き返すことにした。


 ◆


 アランが去っていた後、しばらく呆然と窓の外を――石造りの壁にある小さな窓も締めず、ただその四角の外に浮かぶ星を見つめていた。


「……エリザベート様、アラン様のことが好きなのですか?」


 唐突に背後から声をかけられて、一気に現実に戻ってきた。目の前の窓を閉めてから、かつての従者――年齢も近く、仲良く育った旧友の方へと向き直る。


「そんなことはないわ……仲間として信頼はしているつもりだけれども」

「本当にそれだけですか?」


 実際に、エマに指摘されてドキッとしたのは確かだ。彼が自分の中で存在感を大きくしつつあるのは認めざるを得ない事実。何せ、仇と同じ技を使い、養父と同じように絵を描き、魔王を倒し、たった今凄まじいタイミングで自分を助けてくれた――これだけ並べると、ひとえに彼が尋常でないことは確実である。


 とはいえ、異性として意識したことがあるかと言えば、それはハッキリと違うと言える。それはあくまで、今までの話、ということでもあるが。


 だが仮に、この先、エマが言うように異性として意識することがあったとしても――。


「そうよ……それに、仮に私が彼のことが好きだったとしても、彼にとっては迷惑でしょう」


 年頃の女としては剣しか知らず、その青春を復讐に捧げてきた女など、男性から見て魅力的ではないだろう。それに、自分は性格だって可愛げがない――ソフィアやテレサのように素直で明るかったり、クラウの様にユーモアがあって家庭的だったりする方が、きっと男性から好かれるに違いないから。


「……お言葉ですが、エリザベート様」

「なに?」

「そうやって、予防線を張るのは止めたほうが良いですよ。それは、卑怯な行いです……私からは、アナタは自分を卑下して傷つかないように逃げ回っているように見えますが」


 相変わらず、歯に衣着せずにずけずけと言ってくる従者だ。とはいえ、言っていることには一理ある。


「……そうね、アナタの言う通りだわ、エマ……自分なんか、というのは卑怯よね」


 そう自分に言い聞かせて、改めて胸の内にある感情を恐る恐る開いてみる――とはいえ、やはり好き、というのはピンとこなかった。今まで異性どころか人を避けてきた自分には、恋慕という感情を読解する能力がないのかもしれない。


「でも、やっぱり分からない……が正直なところかしら。異性としてそんなに意識していた訳じゃないしね」

「そうですか……しかし、先ほどから窓の外を見つめるアナタの背中は、まるで恋する乙女の様に見えましたよ」

「止めて頂戴、そんなんじゃないわ……それに、アイツは下品だし、無茶するし、スケベだし、最低なんだから」


 そうだ、冷静に考えれば好きになる要素なんて全くなかった。もちろん、助けに来てくれたのは感謝しているし、ここ最近はずっと彼と一緒にいたから憎からず思っているが、異性として好きとなるとまた別の話だ。


 そう自分に言い聞かせて落ち着くと、エマは皮肉気に口角を釣りあげていた。


「なるほど、少なくとも退屈な殿方ではないようで……もう少し詳しく聞いてもいいですか?」

「はぁ……まぁ、どうせ時間はたっぷりあるしね……良いわ、土産話がてらに、アイツが如何にダメなヤツか教えてあげる」

「それは楽しみです。エリザベート様、精々墓穴を掘らぬようにお気をつけてくださいませ」


 自分で分かる極大のため息の音の後に、アランやソフィア、クラウとの話をし始める。気が付けば口も止まらぬほどに長話になってしまって、寝入るころには朝日が少し見え始めていた。


 改めて話をしても、彼のことを好きだというのは良く分からなかった。ただ一つ思い出したこと――ただ一つ確実なこと、それは彼が以前言っていたことと、自分は同じ気持ちだということだった。


『まぁなんだ、エルは落ち着くから』


 気が付けば、最悪の場合にカール・ボーゲンホルンと契りを交わすことになる嫌悪感や恐怖感は薄れてきていた。きっと、アラン達がなんとかしてくれる――囚われの身で他人にばっかり頼るのも甘いのかもしれないが、そんな安心感もあり、久しぶりに昼過ぎまでゆっくりと寝入ることが出来てしまったのだった。

次回投稿は12/6(火)を予定しています!

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