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4-14:領主との面会 下


 ◆


「……随分と品性がない者と一緒にいるようだ」


 カール・ボーゲンホルンは、少し乱暴に閉められた扉を見ながらそう吐き捨てた。大半の貴族にとって、平民を見る目はこういうものというのは理解しつつも、自分の恩人をそう邪険に扱われるのは気分が悪い。


 それは、隣に座るエルも同様だったのだろう。目の前に座る現領主に対して、冷たい目で見つめている。


「品性がないのは同意よ。彼は感性が山賊だからね……でも、あぁ見えて魔王を倒した立役者の一人。なにより、私の仲間を侮辱しないでほしいわ」

「それは失礼……しかし、前領主の娘が現領主を差し置いて、女中なぞと話をしたいなどというのも少々納得がいかないな」

「別に、旧知と話をしたいというのが、そんなにおかしなことかしら?」

「ふぅ……あぁ言えばこう言う、まったく可愛げのない女だ……どんな教育を受けてきたんだ?」

「おあいにく様、男に媚びるような教育は施されてこなかっただけよ」

「ふん……まぁ、いい。しかしだ、生きていたのに勝手に行方をくらまし、あまつさえ将軍を引きつれて戻ってくると、どういうつもりだ?」

「それは……」


 領地を放って、それを言われるとエルも弱いのだろう。図星を突かれたように押し黙ってしまった。対して、男の方は下卑た笑みを口元に浮かべている――もちろん、エルが不要に攻撃的だったのも良くはなかったかもしれないが、なるほど、やはり噂通りの領主という事か。


 ともかく、政治的な話や交渉事は自分の方が適任だろう。エルに代わって話をすることにする。


「カール様、エリザベート様は、亡き御父上の仇を晴らすために、暗殺者を追っていたのです」

「領主としての、ハインラインとしての使命もかなぐり捨ててか?」

「いいえ、エリザベート様は、宝剣ヘカトグラムと共に立派にハインラインの使命を果たしました」

「それが事実だったとしてもだ。領主の使命を捨てたことには変わりはない。勇者と共に征伐に出るにしても、一度は戻ってくるのが筋だろう? それが学院の忠犬を連れてきてだ、古くからいる女中と密会しようとしている……」

「……学院を侮辱するおつもりで?」


 たしなめるつもりでその言葉を出すと、カールも憎々し気に舌打ちをして押し黙った。実際、学院は軍の半数と検察機能を兼任している――つまり貴族と同等以上の社会的地位がある。准将という肩書を以てすれば、元々の辺境伯ならまだしも、新興の領主と対等以上に話すことは可能だ。


 とはいえ、権力にモノを言わす方法は、目の前の男と変わらぬやり方であり、あまり褒められたことではない。自分の中で安易な手を打ったことを一度窘めている間に、カールはまた憎々し気に口を開いた。


「……大方、予想はついている。今更になって領地がおしくなって、オーウェル准将を抱き込んで、オレを追い出そうって算段だろう。

 そのための下準備として、間者としてエマと接触しようとしたんだろうな。だがなぁ、オレは正規の手続きで、ハインライン辺境伯領を継いだんだ……今更とやかく言われる筋合いはない」


 彼の予想は、なかなか的を射ている。親の七光りだけではないということか。どちらかと言えば猜疑心さいぎしんが強いだけかもしれないが、筋としては概ね正しいのだから。


 とはいえ、別段ここで事を構える気なわけではない。そのため、ここはやんわりと躱すことにする。


「はい、正規の手続きで領主となられた、その通りです。ですから、今日は単純に、魔王を征伐したことの報告に、エリザベート様の故郷を訪れただけで……せめて、昔馴染みのエマさんにだけでもとお声を掛けた次第です。

 それとも、勝手にエリザベート様が魔王を倒して凱旋なさったと、街で喧伝しても問題ありませんでしたか?」

「ちっ……」


 テオドールの娘が、魔王を倒すという使命を果たして帰ってきた――そうなれば、民衆の心がエルに傾くのは想像できる。そうなれば、厳しい年貢を取り立てる現領主の求心力が衰えるのだから、向こうとしても勝手な喧伝は控えてほしいだろう。もちろん、どの道いずれかはエルが生きていたことも民衆の知るところになるのだから、遅いか早いかの問題ではあるのだが。


 とはいえ、やり方というものはある。エルが魔王を倒して領地に戻ってこないのであれば、ハインライン辺境伯領の民衆はより深い絶望に落ちることになる。また、市民暴動が起これば、軍として鎮圧に向かわなければならない――基本的に民衆による貴族や教会への反発に対しては、正当な理由が無ければ学院は貴族寄りの立場に立たなければならないのだから。


 つまり、エルが自身の意志でハインライン辺境伯領を継ぐ意思を民衆に見せつつ、この男を放免するのが望ましい手順と考えられる。そこで、放免する正当な理由を掴むまでは、下手に事を荒立ててはならない――慎重に進めなければ。


 自分がそう思考している傍らで、カール・ボーゲンホルンが再び口を開いた。

 

「……別に、女中と話すなとは一言も言っていない。そのために、ここにエマを呼んでいるのだからな……さぁ、話したかったことを話すと良い」

「カール様も同席なさるのですか?」

「当たり前だ。領主には領民の監督権があるんだからな」


 どうせ普段は監督なんてしていないくせに、そう思いつつも、ひとまずエマと話す機会は出来たので良しとする。カールの前にいる以上は直接的な話は出来ないが、エルとエマは旧知であるから、なんとかバレないようにヒントだけでも掴んでくれないか――そう祈りながら、二人の会話を見守ることにする。


「久しぶりね、エマ」

「はい。エリザベート様におかれましては、益々ご健勝とのことで……放蕩するにしても一度くらい顔を見せろよこのクソアマが、くらいには思っていますが」

「……相変わらず口が悪いようね、安心したわ」


 エマは真顔、エルは自嘲気味に笑い、話を続ける。


「お義父様の墓前へ行ったわ……偶々、ソフィアに拾ってもらえたおかげではあるけれども、ハインラインの使命は果たせたと……」

「……そうですか。墓前へ行かれたということは、シルバーバーグとも会ったのですね? 変わりはなかったですか?」

「えぇ、相変わらず……優しいシルバーバーグだった。アナタもね、エマ。それで、シルバーバーグからの伝言よ。裏庭に植えて、自分が育てていた木はどうかって」

「えぇ、私の方で世話をしています……今も変わらずに裏庭にありますよ」

「そう……後で伝えておくわ。きっと、シルバーバーグも安心するでしょうから」


 裏庭の木は健在、つまり秘密の部屋の書類はバレていないという事か。もちろん、エマがエルのメッセージに気づいていなければ徒労なのだが、きっと本当は木など植えていないのだろうから、メッセージに気づいてくれた可能性は高い――そうでなくとも、シルバーバーグ経由でわざわざ二度目の来訪をしに来たのだから、秘密の部屋の存在を聞きに来たとは察知してくれているであろう。


 そうなれば、今日はこれだけでも収穫か。本来は秘密部屋の場所まで聞きたいが、それをするには領主が目を光らせているから難しそうである――事実、話がひと段落したところで、カールがわざとらしく大きく咳ばらいをした。


「……話は済んだか?」

「えぇ、時間を割かせて悪かったわね」

「まぁ待て、オレからも話がある」


 テーブルの奥で腕を組みながら、カール・ボーゲンホルンは不気味に笑う。


「単刀直入に言う。エリザベート・フォン・ハインライン。オレの女になれ」

「……はぁ? 何の文脈もなくて、理解が出来ないのだけれど」

「それではお前にも分かるように言ってやる。オレと結婚しろと言ってるんだ」


 なるほど、そう来たか。恐らく、カール・ボーゲンホルンの狙いとしてはこうだ。死んだと思っていたはずの正当な後継者が現れたのなら、自分の下に抱き込めば良いと。それなら事を荒げずに領民を納得させられるし、今まで通りに領主の座に君臨することができる。


 併せて、彼の狙いはハインラインの遺産だろう。領地と館は彼の物になったものの、ハインライン家が所有していた流動性資産は、王国の管理でひとまず凍結しているはず。彼はボーゲンホルン家の中でも野心家と聞く――とくに、長男とはそりが合わないらしい。


 さらに言えば、エルは母親が追放されたとは言え、元々王家の血を引いている高貴な身分だ。王家の跡継ぎ候補からは外されたものの、エルを嫁に入れるということは、王家と直接の血縁関係が出来ることを意味する。


 つまり、ボーゲンホルン家の当主の死後、ハインラインの土地と資産、そして王家と連なる立場をもって、長男と政治力で争おうという魂胆があると予想できる。エルが生きていると知ったのがついさっきだったことを想定すると、この短期間でこれだけ知恵を回せるのはなかなかやり手と言っていいかもしれない。


「何、お前にとっても悪い話ではないはずだ……どの道、まだ十代の若さで執政経験のないお前がテオドールの後を継いだとしても、ハインライン辺境伯領を統治するには後見人が必要。

 それに、放蕩していた理由は仇討なんだろう? オレと籍さえ入れれば、お前がどこに行ってようと構わん。領主はオレなんだからな。つまり、政治的なことには関与せずに、好きなだけ仇を追いながらハインライン辺境伯領に戻ることが出来るんだ。

 どうだ? それに、オレは気の強い女は嫌いじゃない……なぁに、結婚してからでも、愛をはぐくむことはできるさ。外見はオレ好みだ、中身はこれから調教してやる」


 エルを眺める男の視線はイヤらしいものだった。カール・ボーゲンホルンは、何度か離婚歴がある。詳細は不明だが、風の噂ではカール側が大変なサディストであり、妻側が耐えられなかったと――とはいえ、ボーゲンホルンはレムリア東の大貴族、当主がその詳細はもみ消していたのだろう。


 はっきりと、個人的にはこんな話に乗る理由はない。こちらとしては、不正の証拠さえ掴めれば、カールを追い出すことが出来るのだから。とはいえ、懸念点はある。先ほどのエマとのやり取りに関しては確証にはなっていないし、証拠を回収できるとも限らない。


 そんな状況で、口頭とは言え、変な約束をしてしまっては後々面倒になる可能性がある。ここは煙に巻いて、一旦退散するのが正解だろう。


「そんな大事な話はこの場で決めるのは……そうですよね、エリザベート様?」

「そうね……ソフィアの言う通り、なのだけれど……」


 エルはこちらに振り向きもせず、物憂げな表情で正面に座るカール・ボーゲンホルンを見つめている。


「一応聞くわ、拒否権は?」

「もちろんあるさ。ただ、現状では領主権はオレにあるんだ……お情けで使ってやっているお前の旧知とやらも、どうなるか分からんぞ?」


 カールはエマの方をちらりと見た。やられた、この強権を出してくるとは想像していなかった。領主には領主裁判権がある。教会や封土をしている王国に対しての脱税に対しては証拠さえあれば起訴できても、領民に対する弾圧は自分の権限でも不可能だ。


「……エリザベート様、アナタの人生です。私のことなど気にすることはありませんよ」


 エマの声色は淡々としていた。きっと、いつの日かこんな風になると予見していて、ある程度の覚悟は出来ていたのかもしれない。対してエルも諦めたように頭を振り、大きくため息を吐いた。


「ふぅ……むしろ悪かったわね、エマ。こんな男の下に仕えさせてしまったのだから」


 そう言って後、エルは無表情のままカール・ボーゲンホルンを見つめる。


「いいわ、アナタと結婚する」

「エルさん!?」


 思わず大きな声を出してしまった自分に対し、エルは自嘲気味な笑顔をこちらに向けた。


「……貴族の結婚なんてこんなもの、そうでしょう、ソフィア」


 確かに、貴族の結婚などこんなもの――名目上は愛する二人が結ばれることになっていても、貴族は自身の感情よりも家の反映と存続という課題がある。


 だから、貴族の結婚は愛の契約ではなく、基本的には政略結婚だ。それは、ある意味明日はわが身とも言えるのだが――それ以上に、今はエルの寂しげな表情が気になった。いつかはこんな風になると、どこか朧げに考えていても、実際にその場になると色々と思うところはあるのかもしれない。


「……ただ、こちらからも条件が一つあるわ。入籍は結婚式の後にして頂戴……唐突な求婚だもの、少し心を整理する時間が欲しいの」


 この提案は、私にとって一筋の光明となった。そうだ、エルは諦めているわけではない――式が終わるまでに汚職の証拠を掴みさえすれば、カール・ボーゲンホルンを裁くことができる。入籍さえ確定しなければ、エルの経歴に傷がつくこともない――とはいえ、嘘でもこんな男と結婚すると言うのは抵抗があったに違いないのだが。


「あぁ、分かった。ただしエリザベート、お前は館に残ってもらうぞ……心変わりされて逃げられたら溜まらんからな」

「まぁ、妥当な交換条件かしら……それで、式はいつ?」

「すぐに準備する。二、三日もすれば挙げられるだろう」

「そう……下手に生殺しにされるよりはマシね」


 要するに、結婚式は早くて明後日か。それにしても超特急が過ぎるが、それも下手に学院に介入されないための裂くという事か。


「悪いけどソフィア、そういうことだから。アランたちによろしく言っておいて」


 そう言うエルの笑顔は、自嘲的なものだった。 

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