4-11:二人の絵描き 上
墓参りに行ったその日は、自分が外で絵を描いているのをソフィアやクラウが入れ替わりで確認しに来ていた。ソフィアなどは目を輝かせて自分の絵が進むのを見ていてくれたし、クラウは製図の件で自分に絵心があることは認識していたが、それでもほうほうと感心していた。
次の日は、クラウがソフィアを連れて買い物に行ってくれた――自分は絵、エルは考え事をしているのに気を回してくれたのだろう。
そして肝心のエルはというと、昨日はずっと家の中に籠って、窓から景色を見ているのはこちらからも確認はしていたが、今日はなにやらずっと自分の後ろに座ってぼぅ、としているようだった。
「……ごめんなさい、集中できないかしら?」
「まぁ、少々恥ずかしいって気持ちはあるが……別に見ててくれても問題はないさ」
そう返して、再び目の前の作業に没頭し始める。本当なら、考えろと言った自分が話し相手にもなるべきなのかもしれない。しかし、同時に彼女自身が答えを出すべきとも思っているから、こちらから声をかけることもないだろう。もし話しかけられたら、応えればいいだけだ。
そして、エル自身もそれは承知していたのだろう、またしばらく黙り込んでいたが、やはり考えは進まなかったようで、こちらに近づいてくる。
「水彩画なのね」
「あぁ……油絵を本気で描くなら、最低でも数週間から一か月くらい欲しい。それなら、水彩画かなと思ってな」
「ふぅん……それは、体が覚えてたってこと? でも、水彩画は進行形で描けているのは分かるけれど、油絵も描けるのかしら?」
「それは、試してみないと分からんが……多分、どっちも行けると思う」
「ふぅん……アナタはホント、不思議な人ね」
「あぁ? 藪から棒だな」
言いながら、ようやっと自分もエルの方を振り返った。見ると、ここ数日何度かみた所作をしている――口元に手をあてながらエルは微笑んでいた。
「ふふ、ごめんなさい……でも、最初にあった時には暗殺者かと思ったし、実際に前世は軍人か何かかと思っていたのに……こんな風に、繊細な絵を描くなんて」
「それこそ、お前の親父さんだって変わらないだろう。剣士であり、画家でもあったんだ……人は何か一つしか出来ない訳じゃない」
「そうね……いえ、それはちょっとグサッとくるわね」
言われてみれば、エルの持つ目に見えるスキルは腕っぷしに集約している。もちろん、細かく言えば意外とユーモアがあるところ、面倒見が良い所など、色々あるのだが。
それに、別に今からだって新しいことは始められるはず――どうせ考え事も袋小路にいるのだろうから、気分転換に他のことをしても悪くないはずだ。
「エルも描いてみればいいんじゃないか?」
「ちょっと、考え事はどうするのよ?」
「質問に質問を返すようだが、考えは進んでいるのか?」
「……あんまり」
「それなら、むしろちょっと他のことをするのがいいと思うぜ。それこそ、気分転換が必要なんだよ……」
そう言いながら、自分はさっさと納屋へと行き、スケッチブックと鉛筆を持ってきて、それらを呆然としているエルに手渡した。
「えぇっと……」
「まずはスケッチからだな。好きに描いてみると良い」
「うーん……アドバイスは?」
「それこそ、お前さんが俺を訓練つけてくれたのと一緒だ。まずは描いてみないと、アドバイスもできん」
「そうは言ってもね、アナタの訓練と私の絵じゃ、全然状況が異なるでしょう。アナタは覚えがあって、私は全くの初心者なんだから」
「好きに描くのがいいと思うんだが、そうだなぁ……一個だけアドバイスするなら、構図はしっかりとると良い。目に見えたものをそのまま描こうとしても、遠近感がぐしゃぐしゃになって、なんだか納得のいかない絵になりやすいからな」
正確にはその体験は自分の中には無いはずなのだが、これもやはり体が覚えている、というやつなのだろうか。
「……そもそも、その構図をどう作ればいいのよ……」
「おっと、そうだな……それは……」
筆を置き、自分は椅子に座ったまま、芝の上でスケッチブックを開いているエルに構図の取り方を軽く説明する。その日はそのまま、二人で黙々と絵を描き続けるという作業が進んだ。
そして一日が過ぎ、次の日も同様に二人並んでひたすら絵を描き続けている。自分は朝食もとらずに朝日と共に描き始めて、いつの間にか隣にエルも並んでいた。




