4-8:テオドール別荘宅にて 下
晩御飯を食べ終わり、自分とシルバーバーグは別荘に隣接する納屋まで来ていた。元々シルバーバーグがここで寝る気だったらしいのだが、自分が代わりにここで寝ることにしたので案内を受けている形だ。
「……本当に宜しいのですか、アラン様」
「あぁ、毛布を重ねれば死ぬほどの気温でもないしな……引退している老人や女の子にはゆっくり寝てほしいしさ」
「はぁ……お優しいのですね……アラン様、ありがとうございます」
「気にすんなって。それより、寝床を作るのに協力してくれると助かるな」
納屋の中は散乱しているというほどでもないのだが、男が一人で横になるには少し整理しないとスペースは取れない。先にしゃがみ込んで床の物を壁の方へと移動させ始めるのだが、老人は後ろで灯りを持ったまま立ち尽くしているようだ。
「……私が一番お礼を言いたいのは、エリザベート様をここに連れてきてくださったことです。正直、生きていらっしゃったのも驚きですが、この場所に来られたのに何よりも驚いたと言いますか……」
「……うん? どういうことだ?」
恐らく、片すより先に伝えたいことがあるのだろう、こちらは立ち上がらずに振り返って胡坐をかきながら話を聞くことにする。
「……この場所は、テオドール様が愛されていた場所であると同時に、テオドール様が亡くなられた場所でもあるのですよ」
「なっ……」
それを聞いて、思わず自分で自分の額を手で抑えてしまった。エルがここに来たがらないのは、単純に旧知に合うのが気まずいからだと思っていたのだが――思い返せば、屋敷の前にいくまでは、渋々ながら普通だったが、別荘の話が出てからより曇っていた気もする。
「……俺は事情も知らないで、アイツをここまで来させちまっただけなんだが……」
「ははは、そういうことだろうとは思いました。ともかく、エリザベート様だけでは、きっと踏ん切りも付かなかったでしょう。ですから、あの方の背中を押してくれる方がいらっしゃるというだけで、私はありがたい気持ちなのですよ」
そう言って柔らかく笑った後、シルバーバーグも膝をついて整理を始めてくれた。まぁ、エルも旧知に会えた訳だし、老人も喜んでいるし、結果論だが良かったとするか。
しばらく掃除を進めていく中で、とあることに気づいた。
「……なぁ、テオドール様ってのは、絵を描くのが好きだったのか?」
一本の絵具のチューブをつまみながらシルバーバーグに聞いてみる。老人は眼鏡をあげて、こちらの指先を見つめた。
「えぇ、えぇ、おっしゃる通りで……別荘内に何枚か絵があったと思いますが、アレは全て、テオドール様が描き上げたものなのですよ」
言われてみて思い返すと、壁に何枚か立派な絵が飾ってあったのを思い出す。前世の感覚で言うと中世なら宗教画など抽象的な絵が一般的な印象だが――そもそもそんなものを別荘に飾る意味もなさそうだが――壁にあったのは写実的な油絵だったと思う。
しかし、剣聖と呼ばれるほどの腕を持ち、大貴族の上に絵も上手いとか、天は二物も三物も与えるものだななどと痛感する。まぁ、金銭的に余裕が有る者の方が、返って色々やれる時間があると言えばそれまでなのかもしれないが。
とはいえ、何となくだが、チューブを握っているのがしっくりくる。周りをもう少し見ると、埃を被ったカンバスに、筆やデッサン用の木炭など一式揃っているのも確認できた。
「……なぁ、シルバーバーグ、これって使っても問題ないか?」
「はい……?」
自分の口から出た一言が意外だったのだろう、老人は眼鏡をあげ直して素っ頓狂な声で返事をしたのだった。




