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4-4:ゼードルフの町にて

 船の修理のため、昨晩ゼードルフという街に寄港した。ひとまず、今日はこちらの街でセントセレス号の遺留品を駐屯地に預け、今後の予定を練ることになっている。というのも、船の修理には数日掛かる見通しで、他の船もすぐには出ないようなので、いっそここから陸路で行くか、それとも予定通りに海路で行くか、そんな話を纏める算段になっている。


 現在は朝六時過ぎ、昨日は早く寝たおかげか早起きしてしまったので、せっかくだから外の空気でも吸いに外に出てきた次第だ。朝一番の空気が気持ち良いのも確かなのだが、気温は低くヒンヤリとしており、これなら寝なおす方が良かったか――などと後悔している傍らで、少し珍しいものが目に入ってきた。


 こんな感じで驚かすのも二度目だが、彼女が何をしているのか気にもなる――そんなつもりで気配を消しながら、結った長い髪を地面すれすれにして、身をかがめている黒衣の剣士の背後に近づいていく。


 見ると彼女の影に、小さな猫が何体かいるらしい。そして、それをじっと眺めて観察しているようだった。時折小声で彼女自身も「にゃー」とか言っているのが、普段とのギャップがあってなんだかおかしくも可愛らしい。


「……なんだ、猫が好きなのか?」

「……きゃ!? 何者!?」


 声をかけると、エルは剣の柄に手を当てて、凄まじい速度で振り返ってきた。同時に、その気迫に生命の危機を感じたのか、エルの下に居た子猫たちは一目散に散っていってしまった。


「あ、あぁ……」


 一瞬、こちらに向けた殺気はどこへやら、エルは振り返り、散っていった猫たちに対して名残惜しそうな視線を送っている。


「……なんだか、びっくりさせて悪かったな」

「ふぅ……ホント、気配を消して来るのやめて頂戴」

「それにしても、今日のビビり方は尋常じゃなかったぞ?」

「ちょっとね……嫌な夢を見たせいかしら」


 そう言いながら、女はどこか遠くを見つめる。夢の内容までは分からないが、意外な時間に意外な人物に出くわし、意外なことをしてた理由は分かった。


「なるほど、それで珍しく早起きして、可愛い猫ちゃんに癒されてた訳か」

「あ、あのねぇ……」


 エルは指を額に当てて、少し何かを考える仕草をし――すぐにハッとした表情になって、指はそのままでこちらを見開いた眼で見つめてくる。


「……アナタ、いつから見てたの?」

「いや、ついさっきだが……でも、なんだか可愛らしい声は聞こえたな?」


 あとでソフィアとクラウにもチクってやろう、クラウなど特に喜ぶに違いない――そう思っていると、ほとんど無音、見切れぬほどの速度で抜刀された短剣が、自分の首元に当たっていた。エルは暗黒微笑というのが相応しい静かだが力強い笑みを口元に浮かべていた。


「……忘れなさい?」


 そういうエルの目は、もちろん笑っていない。こちらも諸手を上げて、抵抗の意志はないことをジェスチャーで伝えることにする。


「は、はい……忘れるので、その物騒なものを閉まってくれると助かるかなぁ……?」

「……よろしい」


 エルは刃を鞘に収めると、大きくため息をつく。


「ふぅ……片や、こんな隙だらけなのにね……」

「うん、どういうことだ?」

「こっちの話、気にしないで」


 小さく首を振ってから、エルの顔は少し思いつめたような表情になる。


「……ねぇ、アラン」

「なんだ?」

「ADAMsって、弱点はあるのかしら?」


 唐突な質問だったが、なんとなく納得した。恐らく、仇のエルフを夢に見たせいで早起きしたのだろう。


「そうだなぁ……生身で使えば、反動がデカいのはあるが……」

「……お義父様を襲ったエルフは、反動を感じているように見えなかったわ」


 元々、エルの仇と対峙したら自分も助力しようと思っていたが、そうなると話は結構重くなる。自分など一回でも加速装置を発動するごとに死にそうになっているのだ。もしソイツと何度も衝突することになれば、じり貧で負けてしまうだろう。


 そう思いながら、ポケットの中に手を突っ込んで、硬いものを握る。そう言えば、調停者の宝珠とやらはシンイチに返すのを忘れていた。アイツもアイツで返してくれとも言わなかったのだから、まぁ自分が持っていても問題ないのかもしれないが――トリニティバーストの身体強化に、クラウかティアの補助があれば、それなりには戦えるか。


 とはいえ、話の主題はそこではない。エルは、彼女自身でエルフと戦う術を模索しているのだから――あの感覚を思い出し、魔王との戦いで本能的に忌避していた行動を模索してみることにする。


「それなら、反動以外にも一個あるぞ。ADAMsは、平面的な動きしかできない……つまり、立体的な動きには弱い」

「……どういうこと?」

「原理は良く分からんが、ADAMsは自分だけが早く動けるようになるだけ。他の力はそのままだから、落下速度までは早くできないんだ」

「原理が良く分からないものを使っているのもどうかと思うけれど……でも、成程。上昇するまでは加速した力で素早く上がれるけど、落下に関しては普通の速度になるってことね。それじゃあ、下を取るのが正解?」

「どうかな、蹴れるものが在れば加速できるから……厳密に言えば何もないところに相手を跳ばす、が正解だと思う」


 実際、ブラッドベリを倒すときには、落下速度が変わらないことを見越してクラウの結界を利用して加速したのだ。しかし、これについても何故ためしてもいないのに知っていたのか――べスターの言う通り、本能が覚えているというヤツか。


「それに、これは推測だが……やっぱり、その剣が役に立つんじゃないか?」


 そう言いながら、エルの腰に刺してある宝剣を指さす。


「……どうして?」

「さっき言った通り、自分が加速できる以外はそのままなんだ。その結果、空気抵抗や掛かる加速度は凄まじいし、ハッキリ言って動くだけで大分しんどいんだよ。

そこに別の力が加わったら、加速している側としては負荷が大きいのは当然だが、やはり速度も落ちると思うぜ」

「成程……いえ、私はその世界を体感できないから、実感としては理解しにくいけれど、原理としては何となくわかったわ」

「まぁ、何もないところに飛ばすのと、重力で引きずり下ろすのはちょっと矛盾した行為だが……多分、前者が出来るなら、そっちの方が効果的だな。ただ、相手もその弱点は分かっているだろうから……」

「……無暗に跳躍したりしないし、跳ぶなら跳ぶで策があると考えるのが妥当ね……ありがとうアラン、アナタのおかげで少し前進した気がするわ」

「どういたしまして……あはは、なんだかエルに素直に礼を言われると、むず痒いな」

「……私が礼を言ったら悪い?」

「そんなことないさ」


 そこで会話は終わり、二人が起きるまで待つことになった。


 ソフィアとクラウが起きた後、改めて四人でゼードルフの駐屯地へと向かった。昨日セントセレス号で回収した遺留品を預け終わり、今は街の中心地にある公園で腰を降ろしている。


「さて、ハインライン辺境伯領までは陸路で行きますか、それとも途中までは海路で行きますか?」

「陸路でいいんじゃないかしら……船が修理されるのを待つにも、他の連絡船に乗るとしても、どの道数日は掛かるでしょう? ここからハインライン辺境伯領に向かうとしても、当初の目的地から陸路で二日増える程度……それなら、わざわざ船に乗ることもないと思うけれど」


 エルはクラウに対してそう言った後、こちらへと振り向いた。


「アラン、アナタはどう思う?」

「……お?」

「なによ、呆けた顔をして……話は聞いていた?」


 話はもちろん聞いていたのだが、どうせ土地勘のない自分のことなど無視されると思っていたので、話を振られて一瞬反応できなかっただけなのだが。


「あぁ、ちゃんと聞いてたぞ……俺も陸路でいいと思うが、クラウがきついんじゃないか?」

「なんでです?」

「荷物が重いだろう」

「……え?」

「お前そんな、アラン君が持ってくれるんじゃないですか、みたいな顔してもダメだぞ」

「そんな! 美少女に重い荷物を持たせるつもりですか!?」


 わざとらしく声を張り上げて抵抗するクラウに対し、素直なオーウェル准将が優しい笑顔で緑の方へ近づいていく。


「まぁまぁ、クラウさん……私も荷物持つの、お手伝いするから」

「ソフィアちゃん優しい……!」


 クラウは目をうるませながら――当然ウソ泣きだが――ソフィアの両手をガシ、と握った。そしてすぐにギロリ、とこちらを睨んでくる。


「それと比べてアラン君は……!」

「あのなぁ、俺だって手伝いだったらするぞ……全部持つのはきついってだけでな」


 そもそも、自分は荷物は軽い方なのだから、手伝うこと自体はやぶさかではない。とはいえ、クラウの度が過ぎているのだ――同じように思ったのか、腕を組みながらエルが自分の言葉に頷いていた。


「そもそもアナタ、荷物が多すぎるんじゃない? 少し整理したらどう?」

「ぐぁーミニマリストはすぐこれです!」

「ふぅ……何も全部捨てろなんて言ってないじゃない。ただ、意外と使っていない機材とかもあるでしょう? そういうのを売ったり捨てたりして、整理すれば良いと思うのだけれど」

「ふむぅ……言われてみれば、使ってないものもあったりするんですが……でもなんか、思い出とかあるじゃないですか」


 エルの言い分もクラウの言い分も分かるが、今回ばかりはエルの方に分があるように思う。それはソフィアも同様だったようで、再び年上の聞かん坊を宥めるために穏やかな口調で話し始める。


「クラウさん、気持ちは分かるけど、私はエルさんの言う事に賛成だな。それこそ、拠点にはたくさん荷物があっていいと思うけど、旅する身なら必要なものを厳選したほうが身軽でいいと思うよ。それでも残った機材は、私も運ぶの手伝うから……」

「う、うむむ……ソフィアちゃんに言われると弱いですねぇ……まぁ、確かに割り切らないと増えていく一方でしょうし、少し整理しますか。それじゃあ、今日はちょっと私の荷物の整理と売却をしたいので、出発は明日でも大丈夫でしょうか?」

「うん、私は大丈夫だよ!」


 ソフィアとクラウがこちらを向いたので、自分とエルは頷き返した。


 その後は、宿に戻って荷物の整理を済ませ、不用品を持ち出すために再び街に出た。売却を済ませて改めて周りを見ると、昼過ぎの街は、活気にあふれている――人の数こそレヴァルの方が多かったように思われるが、人々の顔が明るいものであるのは、魔王を倒して平和が訪れたからだと思う。そう思えば、あの激戦を超えた価値もあるような気がした。


 なお、クラウの荷物は半分以下になったことと、宿への帰りにスイーツの買い食いをしてソフィアが目をキラキラと輝かせていたことをここに追記しておくことにする。

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