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4-2:レムリア大陸への船旅 下

「……あー! エルさんとアラン君とイチャイチャしてます!」


 エルとの間に少々気恥ずかしい空気が流れていると、甲板の方からクラウの叫び声が聞こえた。


「イチャイチャしてない……それに、私なんかと懇意になっても、別に楽しくもないでしょうし……」

「そんなことないですよ! エルさんとイチャイチャするなんて、全私の夢と希望……おぉぉお?」


 卑屈になるエルに対しクラウがフォローを入れているタイミングで、船体が大きく揺れだした。クラウとソフィアは両手に一つずつ持っているトレイを落とさぬよう、足を広げてバランスをとっている。


「なんだか妙に揺れるな…………うん?」


 独り言を口にした瞬間、何か生物が接近する気配を感じる――海の底の方から、それも嫌に巨大な物、この感じは――。


「……なぁソフィア」

「なぁに、アランさん?」

「海にも魔獣っているのか? それも馬鹿にデカい奴」

「そうだね、軟体生物に近い物は確認されているよ……って、アランさんがそれを聞いてくるってことは……!?」


 ソフィアの言葉尻は、自分の背後から聞こえた破裂音でかき消えた。水しぶきが背中にかかり、その巨大な気配を視認するために振り返ると、何本もの足を持つ巨大なイカのような――いや、色合い的にはタコか――ともかく十本の腕を持つ生物が海面から姿を現していた。


 そして、軟体生物の足が鞭のようにしなって薙がれると、船首部分の帆が裂かれ、マストが折れ曲がり――この状況に、最も早く対応したのはソフィアだった。少女は真剣な顔をしながら、自分の方へ向かって走ってくる。


「アランさん、持ってて!!」


 ソフィアは両手に持っていた盆を、ほとんど投げるような形でこちらに渡し――我ながらナイスキャッチは出来たが、幾分かスープの中身は宙を飛んだ――背中から魔法杖を取り出し、グリップを捻ってレバーを押し入れる。


「第六階層魔術弾装填! コキュートスエンド!!」


 少女の杖から陣が飛び、すぐさま海上に巨大な氷の柱が出来上がった。イカ型の魔獣の体は氷に覆われ――側面の足がまだ残っているが、ピクリとも動かないところを見れば、恐らくは絶命しているに違いない。


 だが、これで終わるソフィア・オーウェルでない。案の定、杖のレバーを引いて、すぐさま奥に押し込んでいる。


「第六階層魔術弾、再装填! 構成、帯電、放電、磁力、加速、閃光、螺旋! 駆けよ、雷霆らいていの一撃!! 閃光稲妻突【ケラウノス】!!」


 杖の先端に一つの巨大な陣と、その周囲の小さめの陣から、それぞれ稲妻が走り――小さめの陣は巨大な陣の周囲を回り、それらが螺旋を成し巨大な稲妻がドリルのように海上を駆ける。


 眩い閃光が晴れると、イカの体は氷ごと消し飛んでいた。もちろん、魔獣の体躯も巨大で、稲妻の大きさ的に全てを消し飛ばしたわけではないのだが――あの魔獣の急所が何処にあるのかも分からないが、まぁ全身のうち大半が消し炭になっては流石に生きてはいないだろう。もちろん、最初の一撃で十中八九は絶命していたとは思うのだが。


「……ふぅ、護衛としての役目、果たしたよ!!」


 圧倒的な生物を事も無げに消し炭にして、ソフィア・オーウェルは蒸気の吹き出る杖を一振りしながら笑顔で振り向いた。彼女からしてみたら、全長数十メートルの生物を倒すのも朝飯前、いや今は昼飯前か。


 ちなみに、護衛というのは、彼女が自分たちに着いてきているお題目だ。本来ソフィアは魔王を討伐したことで軍籍も返上しようと思っていたようだが、それは王国で話し合わないと決定できないらしく、ソフィアは今もひとまず准将という肩書を背負っている。軍の偉い人に護衛されるというのもおかしな感じにはなるが、一応自分たちは魔王討伐に貢献した重要人物なので、直々の護衛という形で旅に無理やり同行できる形で落ち着いている形だ。


「あぁ、お疲れ様、ソフィア」

「うん、ありがとうアランさん」

「しかし、今のもまさか、ゲンブの奴の改造魔獣だったのか?」

「うぅん、それは違うんじゃないかな。確かに東海で魔獣が出るのは珍しいけど、全くないってわけじゃない。それに、魔術抵抗の術式も無かったみたいだし……自然発生した魔獣だと思うよ」


 自分で言っている途中でまた何か閃いたのか、ソフィアは口元に手を当てて何かを考え始めている。


「……もしかしたら、今の魔獣がセントセレス号を襲ったのかも」


 セントセレス号、聞き覚えはあるが何だったか。文脈的には船のことを指しているのだろうから――そこで思い出した、最初にソフィアが自分が乗っていたと想定していた補給船のことか。


 その後、船は船乗りたちがてんやわんやする事態となった。幸いなことに船底や側面などにはダメージは無かったようだが、折れたマストの応急処置など、甲板部分の修復に男たちがせわしなく動き回っている。


 応急処置が終わってからは、船の本格的な修理のために近場の港町に寄ることになった。海路を変更してしばらく進み、日も傾きかけてきた時、エルが船の東側に何かを発見したようだった。


「……さっきのソフィアの予想、正解かもしれないわね」


 そう言って彼女が指さす先には、海上にポツンと浮かぶ島がある。そこの崖際に、朽ちてボロボロになった帆船が打ち付けられているのが見えた。


 その後はソフィアが船長に掛け合って許可をもらい、一時間だけ難破船の調査をすることになった。小型の櫂船かいせんで近づいていく間に――もちろん、漕いでいるのは自分だ――改めて難破船を観察する。


 自分たちが乗っていた船と違い、メインのマストがポッキリと折れ曲がり、残っている船尾の帆は穴だらけになっている。船体も穴だらけで、よく沈まずにここまでもったものだと感心する。


「……やっぱり、セントセレス号……」


 ソフィアが船体を見上げながら呟く。その先には、船の銘が刻まれる金属板があった。


 櫂船をセントセレス号の横につけると、クラウが結界で跳び、甲板へと飛び乗る。そしてすぐに上からロープが垂らされた。


「誰から昇る?」

「アナタから行きなさい」

「うん、なんでだ?」

「それ、本気で聞いてる?」


 そういうエルはあきれ顔、その隣にいるソフィアは少し顔を赤らめながらスカートを抑えている。


「……そうだな、俺から昇るべきだな」


 ロープを握り、船体を蹴りながら上へと昇る。自分が昇り切ると、次はソフィアの番で、彼女の身体能力だと昇るのも大変なため、こちらから引き上げる形で准将も甲板に招待する。最後のエルは、自分と同じ要領で船体を蹴りつつ、さっと上へと昇ってきた。


「生き残りは……居るって雰囲気じゃないわね」

「一応、軽く確認しましたが、中にも誰にもいないようです……まぁ、仮に生き残りが居たとしても、船上にいる意味もないとは思いますが」


 話し合うエルとクラウを他所に、自分の方でも生物の気配を探ってみる。少なくとも甲板に何者かが動く気配はなく、同様に一層下辺りにも何か動く気配はない。


 だが、同時に何故だろうか――この光景は、なんだか見覚えがある気がするのは。もちろん、先ほど乗っていた船と近い規格からくるデジャブかもしれない。しかし、この朽ちた甲板は、いつかの日に見たように思われるのだ。


 とはいえ、その事実は自分の中だけに収めておくことにした。今までは、体が本能的に覚えていることに対しては忌避感は無かったのだが、今回ばかりは少し気持ちが悪い――それを悟られないように振舞うことにする。


 甲板の調査が終わってからは、手分けして中を調査することになった。現在、自分はソフィアと一緒に船長室の中に何かないかを探している。


 船長室の中は、崖側の壁が壊れており、島の岩肌が近くに見える。また、海側の窓ガラスが壊れており、潮風がボロボロになったカーテンを揺らしている。船長の机を漁っていると、航海日誌が見つかり、それをページの後ろから読んでみる――日付は今から一か月ほど前、最後の日の前日は船員どもで喧嘩があったとかそんなことが書いてあるだけで、遭難した理由は不明だった。


「アランさん、船員名簿と、最後の航海に乗っていた乗員の名簿があったよ」


 本棚の方を見ていたソフィアから声をかけられる。差し出された二冊の名簿を受け取り、記帳に目を通してみることにする。


「……やっぱり、アランさんの名前は無かったね」


 記帳を見終わったタイミングでソフィアが声をかけてきた。顔を上げると、少女は少しバツの悪そうな表情を浮かべている。どうやら、自分が他を見ているうちに全て目を通していたようだ。


「その、転生ってことを疑ってるわけじゃないけど……やっぱり、最初はセントセレス号の船員かなって思ったから、一応」

「あぁ、そうだな……俺も、やっぱり気にはなってたからさ。そんなに気にしなくていいんだぞ?」


 そう言いながら、ソフィアに対して名簿と一緒に航海日誌を差し出す。


「これ、航海日誌だ。遭難した理由は分からないということが分かる資料にはなる」

「うん、了解だよ。これは、軍の方で保管することにするね!」


 ソフィアは証拠品を入れるために持ってきていた鞄に、三冊の記帳を入れた。しかし、自分の名前が無かったとしても、実は自分がこの船に乗っていなかったという証拠にはならない――そもそも、アラン・スミスという名前が本名な訳ではないかもしれないし、偽名で船に乗っていたかもしれないからだ。


 いや、レムとあれだけやり取りをしたのだから、自分がこの船に乗っていなかったことはほぼ間違いないはず。それでも何故だか――なんとなくだが、この船に馴染みがあるような気がしてしまう。


 それは、この世界に来た時にソフィアとエルに船員と予想されたことから、自分を一度でもこの船に乗っていた可能性があると思ったせいで、馴染みがあるように勝手に思い込んでいるだけなのか――その理由までは分からなかった。

 

 その後、エルたちの方も特に何も見つけることなく、調査は終了になった。水平線に沈む日に向かってオールを漕ぐ――去り際にセントセレス号の方へと振り返ると、ボロボロになっている船体が、夕日に向かって赤く染め上げられているのが見えた。

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