4-1:レムリア大陸への船旅 上
青い空、白い雲、寄せる波に、どこまでも続く大海原――そして、頬を膨らませる碧眼金髪の少女。
「……禁止だよ!!」
そして開口一言、禁止されてしまった。
魔王ブラッドベリを倒してから一週間ほど経ち、レムリア向けの船に搭乗したのが今朝。ソフィアはレヴァルでの仕事の引継ぎに、クラウはレヴァル大聖堂の再建に、エルは冒険者の知り合いの付き合いに――と言っても、エル自身は周りから一方的に絡まれていた形だが――となかなかに三人とも忙しく、レヴァル滞在中はなかなか四人で顔を時間が無かった。
その間、シンイチとテレサ、アレイスターは既にレムリアに向けて出発している。アガタは教会本部への報告があるとのことで別行動だが、既にレヴァルを三日前に出立済みだ。
ともかく、やっと四人で合流し、魔王戦で自分が使っていた高速移動、ADAMsについて今更ながらに報告した所、ソフィアから間髪入れずに禁止令が出た形だ。
「えぇ……でも、有事の際には……」
「そんな体に負荷が掛かる技を使ったらダメだよ! アランさん、ただでさえ無茶なんだから……」
無茶は男の勲章だぜ、とか返そうと思ったが止めておいた。言ったら頬を最大限にふくらませて猛抗議をされそうだ――と、どう繕おうか悩んでいる間に、横からクラウが「まぁまぁ」とソフィアの肩に手を置いた。
「魔将軍も魔王も倒したんですし、もうそんな危険な目に合うことはそうそう……」
「……そうとも限らんと思うがな」
折角のアシストだったのだが、それは自分の口で否定した。クラウも「どういうことです?」と頬に指を当てながら首をかしげている。
「まだ、あのゲンブとかいう奴が残っているだろう……アイツと戦うことがあるとするなら、危険な技でも使わざるを得ないかな」
「そう言えば……人形自体は倒しましたけど、恐らく依り代でしょうから。確かにまだゲンブは存命でしょうけれど……」
まぁ、そもそもアイツ自体が倒すべき敵なのかも不透明なのだが――もちろん、人類に仇なす魔王と組んでいたのだから、その時点で人類側としては放っておける存在でもないだろう。魔族の間引きをするという残虐さを持ち、エルの養父を殺めるよう指示を出し、しかもエル自身の命も狙っている。そうなれば、敵対するのが自然な流れか。
とはいえ、ヤツが何かとこの世界の事情を知っていそうなのも確か。何にしても、次に会ったら確実に拘束し、色々と話を聞き出すべき――そうなれば、自分としても全力で戦いたい。
「なぁーソフィア、流石にアイツ相手なら使ってもいいだろう?」
「うーん……」
渋るソフィアの後ろ、船体の壁を背に、エルが腕を組みながら口を開く。
「……何度も同じようなことを言っているけれど、使うなで使わない男じゃないわよ、ソイツは」
「確かに……」
エルの意見に、ソフィアは深く納得したように頷く。そして、エルはソフィアの背中からこちらに視線を向ける。
「というか魔王と戦って瀕死でぶっ倒れたのが、相手から手傷を追わされたんじゃなくてほぼ自爆って、アナタ馬鹿でしょう」
エルの意見は、自分としても深く納得して頷くしかなかった。まぁ、直撃したら即死の攻撃を、音速を超えるという無茶で凌いでいたのだ、怪我の功名と言ってもいいだろう。
「ともかく……どの道、自由においそれと使えないみたいだし。ソフィアが心配するほど乱発するわけじゃないさ」
「むー……逆に、凄く強い敵と戦うときに使うつもりってことでしょ? それが私としては心配で嫌なんだけど……でも、どうせどれだけ言っても、聞いてくれないんだろうし……」
ソフィアは再び頬を膨らませ、次第に納得しようとしてくれているのか、ぶつぶつと何かを言いながら考え込み始める。どうせ言う事を聞かないという所に関する信頼だけ無駄に厚いのも我ながらどうかとも思うが、最終的にはソフィアも渋々ながらも頷いてくれた。
「うん、分かった。せめて、普段は私を頼りにしてね?」
「あぁ、言われなくとも……頼りにしてるよ、ソフィア」
「えへへ、うん、任された!」
恐らく完全に納得してくれたわけでもないだろうが、ソフィアはひとまず笑顔で応えてくれた。そして、話がひと段落したのに合わせて、ちょうど自分の腹の虫がなってしまう。
「腹が減ってきたな……」
「確かに、私も空いてきちゃったな。アランさんは待ってて、私がご飯持ってくるよ!」
「いや、俺も行くよ」
「大丈夫だから!」
そう言いながら、ソフィアは屋内の方へと駆けだしていってしまう。確かに良い天気だし、外で食べたら気分も良さそうだが、それにしてもあの子は一人で全員分の食事を運んでくる気か――そう思っていると、クラウが微笑みを浮かべながらわざとらしくため息をつく。
「ふぅ……いいですよアラン君、私がソフィアちゃんに着いて行きます」
「いや、だから俺も……」
「ダメですよ、ソフィアちゃんはアラン君の役に立ちたいんですから……あの子を甘えさせてあげるために、あの子に甘えてください?」
言わんとすることは分かるが、妙な感じの言い回しになっているのは気のせいか。ともあれ、晴天の下に自分と黒衣の剣士の二人が残ることになる。
「……二人きりだな」
「……えぇ、そうね」
エルはそれだけ返答して、目をつぶったまま体を壁に預けている。妙に緊張した雰囲気があるが――なんだか普通に話しかけてもあまり喋ってくれなさそうなので、とりあえずこちらは振り返って、デッキから海に臨む。
改めて海をまじまじと見るが、前世の知識としてある海と目の前の海は、そう変わりはないように見える。ここに女神レムがおわすとか言われても、あまりピンとこない。
乗っている船はファンタジーらしい帆船、それを三日かけてレムリア本土に向かう旅路になる。陸に着いてからの旅程も、ある程度は決めてある。レムリア大陸についたら陸路でまず南に向かってエルの故郷に寄り、その後は西に進路を取って王国を目指していく予定である。
エルの故郷に寄ることになったのは、テレサの提言によるのだが――ふと、エルがこちらに近づいてくる気配を感じる――そして、初めて会ったとき同様に、背後から首元に冷たいものが添えられた。
「おいおい、物騒だな」
「何よ……私が近づいてきているのも分かっていたくせに」
「まぁ、初対面でもこうだったし、今更驚くことでもないかと思って……でも、どうしたんだ?」
刃物で脅されているのだから、当然何某かの理由はあるのだろう。エルは少しの間黙っていたが、少ししてやっと言葉を続ける。
「……アナタ、記憶はどうなの?」
「戻ったら言うさ」
「……本当に? あの技を取り戻したのと一緒に、記憶も戻ったんじゃなくて?」
「本当だ。まぁ、記憶が戻ってないって、納得してもらう証拠もないが……それに、ADAMsはまぁ、確かに取り戻したというべきなのかもしれないが、そもそも本当に自分の物だったのかも正直良く分からん」
実際、使い方を本能的に知っていたのだから、前世ではあの技を自分は使っていたと考えるのが自然だ。この七日間でその意味についても考えていた――やはり前世では、何かしらの諜報機関に所属していたとか。
しかし、エディ・べスターなる者の存在が引っかかった。自分はせいぜい一か月前に死んで転生してきたと思うのだが――彼はその間に自分と同様に死んで、邪神ティグリスと一緒にこの世界に送られてきたのか? べスターは明確に、自分のことを認知していた――そうなれば、前世では知り合いであったと考えるのが自然なのだが。
しかし、ゲンブの話を思い出せば、邪神ティグリスと創造の七柱神が戦ったのは今から一万年前ということになる。そうなると、時間軸が合わない。そもそも、自分がティグリスと所縁があるとするのなら、自分がいた元の世界とこの世界とは地続きというか、同じ宇宙に存在していることになる――などなど、時空間の単位で考えると結局なに一つ腑に落ちる点がない。
と、考え事に集中している間に、エルが短剣を首元から離した。
「そう……悪かったわね」
黒衣の剣士はそう言って、自分の隣に並んで海を眺めだした。
「……アナタのあの技、ADAMs……アレは、お義父様を殺めたエルフが使っていた物と同様の技なの」
「なるほどな。そりゃ、俺がエルの仇と何かしら繋がっていると思われても仕方が無いな」
「えぇ……でも、ゲンブはアナタを警戒していたようだし、アイツがエルフとグルなら、アナタは私の仇とは無関係ってことなんでしょうから……疑ってすまなかったわね」
そう言うエルは、横髪を抑えて海を見ながらしゅんとしてしまう。
「おいおい、そんな急にしおらしくなるなって」
「なによ、私がしおらしくしたらいけない? アナタ、私を何だと思っているのよ」
「そりゃあ、唐突に刃物を突きつける物騒な奴……」
こちらとしてはちょっとした憎まれ口のつもりだったが、目に見えて反省しているエルを見て、こちらもからかいすぎたと反省することにする。
「……俺も悪かった。別に疑われたのは気にしてないさ、何せ俺は何かと怪しい奴だからな」
「なによそれ……まぁ、怪しいのは否定しないわ」
「よし、調子も出てきたな。ところで、帰郷のするのは問題なさそうか?」
「えぇ、テレサが言うには、シルバーバーグ……私の知り合いなんだけど、困っているみたいだからね」
テオドール・フォン・ハインラインが亡きあとは、エルの故郷を遠因の貴族である何某家が――イマイチ名前を覚えていない――統治を引き継いでいたが、ソイツが悪徳貴族らしく、ハインラインの地の政情が安定していないのだとか。それで、故郷の旧知が困っているというのをテレサから聞いて、エルの故郷を最初の目的地として定めた形だ。
「……本当は、仇を取ってから、お義父様に顔向けしたかったのだけれど」
「まぁ、その辺は俺からも何とも言えないが……でも、良いんじゃないか。親父さんだって成長した娘の顔は見たいだろう……それこそ、紆余曲折はあったかもしれないが、しっかりとハインラインの使命は立派に果たしたわけだしな」
「……そうね」
死んでいる相手に顔を見せる、なんていうのは生きている側のセンチメンタリズムかもしれないが。それでも、彼女も本来の使命である魔王討伐は立派に果たしたわけだし、故郷に錦を飾ったっていいだろう。それに、親父さんが仇討を望んでいるとも分からないしな――という言葉は飲み込んでおいた。これは当人の問題だからだ。
「……ねぇ、アラン」
「うん、なんだ?」
「レヴァルでは、復讐心が薄れてきているといったけど、ゲンブの口から奴の存在を聞いて……やはり、あのエルフは許せないと、再び思うことが出来た……私は、私の手で仇を取るつもりよ……」
「手出しは無用ってことか?」
「……そう、言いたいところだけれど……」
彼女の歯切れが悪いのは、複雑な心境だからだろう。仇は自分の手で取りたいが、加速装置と真正面から対抗するのは難しいと判断しているのではないか。重力剣へカトグラムがあれば加速した相手の速度を削ぐことは可能だろうが、それでも重力波を出す前に加速してやられる可能性だってエルは想定しているはずだ。
そう、恐らく彼女は何度も頭の中で仇のエルフと戦っていて、それでも勝てるビジョンが浮かんでいないのだろう。だから、同じ技を持つ自分が居れば、もう少し対抗しやすくなる――しかし、それでは自分の手で仇を討つことにならない、その葛藤が彼女の中に見て取れた。
とはいえ、自分だって手をこまねいて彼女がやられるのを見ているわけにもいかない。それに、手助けぐらいはしても罰は当たらないだろう。
「……まぁ、俺だからな。意識に反して、勝手に手が出てしまうかもしれん」
「ふぅ……ゲンブ以外には使わないって、さっきソフィアに約束したんじゃなかったの?」
「そりゃそうだが……サポートは出来ると思うぞ」
そう声をかけると、エルは珍しくこちらを向いて――とは言っても、控えめな彼女らしくこちらを正視はしていないが――はにかむような微笑でこちらを見た。
「……えぇ、お願い。こう見えてアナタのこと、結構頼りにしてるんだから」
先ほどしおらしくなって、と突っ込んだのは自分自身だったが、それでも海の光を反射して輝く彼女の横顔が、なんだかいつもよりも綺麗に見えて、こちらも気恥ずかしくなってしまう。




