3-37:The Bound Girls and The Tiger 上
ゲンブを倒した後、魔王城を抜けて、死の火山の頂を目指して進む。先ほどから上で激しい戦闘音が聞こえており、少しでも早く勇者たちの下へと駆け付けようと急いでいる――クラウの補助魔法のおかげで、ソフィアも自分の速度に着いてこれているようだ。
「……アランさん、大丈夫かな」
「大丈夫ですよ! だって、アラン君なんですから!」
後ろから聞こえる声を背中に受けながら、山頂を見つめる。その瞬間、自分たちの上を一気に黒い帯が覆い始めた。
「……急いだほうがよさそうね!」
自分にも他の二人にも言い聞かせるように叫んで、一気に山頂を目指して駆けあがる。
山頂が見えてくると、頂上の少し手前に、三人の人影が見えた。もう少し進むと、それがシンイチ、テレサ、アレイスターの三人であることが視認でき、更にその先でアガタが結界を張って仲間たちを護っているようだった。
「……アランは!?」
結界が黒い無数の帯を叩く轟音に負けないように、大きな声でシンイチに話しかける。
「……アランさんは、あの先さ」
そう言いながら、シンイチは漆黒の暴風の先を指さす。その言葉の意味は、すぐには飲み込めなかった。あんなところにいたら、多少腕に覚えのある自分ですら一秒ともたないはず。確かに最近のアランを見ていると何かを隠していそうではあるものの――正確に言えば忘れていたという方が正しいのだろうが――あの災禍をどうにかできるビジョンは全く浮かばない。
こちらの思考が読んでいるかのように、シンイチはシニカルに笑う。
「大丈夫、彼は絶対に止めてくれるよ……それより、エルさん、クラウディアさん、ソフィア……あの黒い暴風が止まったら、トリニティ・バーストを使ってアランさんを支援してほしいんだ」
「トリニティ・バーストを使えったって……!?」
それは扱いが難しいから、自分とテレサは交代しないと決めていたのではないか。それをぶっつけ本番で使えというのも無茶な話だと思い、思わず困惑した声を出してしまう。
「……トリニティ・バーストを使うには、調停者の宝石を持つ者を中心に、従者の三人が同じ想いを強く願えば発動します……お義姉さま、これを」
狼狽する自分に対し、テレサがアウローラの刀身を持って差し出してきた。ひとまず、それは受け取っておくことにする。
「ど、どうしましょう!? 同じ想いを抱くと言っても……何について考えます!?」
「えとえと、魔王を倒す! とか……!?」
自分と同じくらい、後ろでクラウとソフィアも狼狽しているらしい。そもそも、このまま自分たちが無事で済むか――見れば、テレサの結界も薄皮一枚という感じで、今すぐにでも衝撃波がこちらへ押し寄せてきそうだった。
だが、結界は最後まで割れなかった。黒い風が一気に霧散すると、台風の目に二人分の人影が見える。一つは衣服をボロボロにして立つアラン・スミスの背中、そしてもう一つは、彼に顎を殴りぬけられて首を曲げている白い不思議な鎧の姿だった。
「……おぉおおおおおおお!!」
白い鎧のほうから地を震わせるような咆哮が聞こえると、右肩が動くのが見え、アランの体が吹き飛ばされてこちらへと飛んできた。彼は自分たちの手前で四肢を使って獣のように着地し、僅かに咳き込む。
「アラン!?」
「アランさん!?」
「アラン君!?」
自分を含め、三人の声が重なる。それにはっとなり、背後を振り向くと、他の二人も何かに気付いたように目を見開いていた。
そして、すぐさま視線を前に戻すと、アランは手足のバネを使って前面に向かって駆けだした。
「……ブラッドベリィイイイイイイイイイ!!」
「アラン・スミスゥゥウウウウウウウウウ!!」
二人が互いの名を、倒すべき相手として全力で呼び合うと同時に、アランの体が消えた。直後、轟音とともに彼の体が魔王の背後に現れ――彼が走ったであろう軌道は、僅かに赤々と炎が立ち上がっている――首に向かって回し蹴りを入れているようだった。対して白い鎧――アレが、魔王ブラッドベリらしい――もすぐに対応し、アランの足を掴んで火口の方へ向けて放り投げていた。
(アレは……あの動きは……!?)
あの動きには見覚えがある。いや、動き自体は見えないのだが、この体験自体はしたことがあるのだ。それに身の毛がよだつような感覚が来て直後、自分の呼吸が荒くなる。アレは、お義父様が――。
「……エルさん?」
その声に緊張が解かれると、ソフィアが覗き込むように下からこちらを見上げていた。
「すまないわね。ちょっと考え事をしていて……」
「うぅん、大丈夫……それより、見えたね、三人の想いを重ねる方法」
「えぇ……癪だけれど」
そう言うと、今度は左隣にクラウが並んだ。
「癪な気持ちは同意ですが、多分、これほど単純に、確実にやれる方法もないと思います」
「そうね……」
彼とは付き合いが長いわけでもない。それに、義父を殺した業を使っている――最初に会った時には暗殺者かとも思ったし、転生してきたというのだって、正直に言えば納得できているわけでもない。
それでも、自分の心が、彼を信じたいと言っている。それは、他の二人も一緒――それならば。
「重ねましょう、私たちの想いを……合わせましょう、三つの心を!」




