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3-36:The Banned and The Tiger 下

「……私が本物の邪神ティグリス、ホワイトタイガーの力を欲したのはただ一つ……七柱の創造神を滅ぼすためだ」

「……それ、ネストリウスも言っていたぜ……魔族に敵対しているからか?」

「いいや、違う……我々魔族も、七柱の創造神に造られたのだ。そう、私の復活自体が、神の仕組んだこと……増えすぎた魔族と、人類の剪定のために復活させられているに過ぎない」


 何を言っているのか飲み込めず、こちらが返答に窮していると、魔王は肩を上げた。


「七柱の創造神は、この世界の知的生物を管理しているの……増えすぎないように、進化しないように。魔族と人類の全面衝突が起これば、戦により命は失われ、土地は荒れる……文明を学院と教会によってコントロールされている世界では、余剰が出来ねば人類は進化できん。その余剰を定期的に刈り取るのが、この魔族と勇者の戦いだ」

「なんで、そんなことをする必要がある……?」

「主神である高次元存在の力を我が物とするため……進化の限界に直面した種族の魂を、主神は失敗作として刈り取りに来る。奴らの狙いはそれだ。この世界は、主神を降臨させるための箱庭なのだと……ゲンブから聞いている」


 どうやら伝聞らしい。あの人形は何か凄みがあるのは納得するものの、同時に信用できないやつなのも確かだろう。


「はっ、あの人形の与太話を信じるっていうのか?」

「少なくとも、七柱の創造神よりは遥かに信頼に足る……何より、この稚拙な争いが、奴の言う事の証明になっていると思うがな。奴の介入が無ければ、いつもと同じように、我々魔族が敗北していただけだ。聖剣の一撃で、再び私は三百年の眠りについていたことだろう」


 魔王はそこで言葉を切って、再び顔を少し上げ――あの仮面の奥で、どこか遠くを見つめているようだった。


「そう……何故気付かなかったのか。私は、レヴァルを地下から占拠するなど、少し考えれば思いつきそうな単純なことさえ思い浮かばなかったのだ。死の渓谷で人類の軍を挟み撃ちをするなど、簡単な閃きさえなかった……。

 ただ、人類憎しで魔族を纏め上げ、戦を繰り返すことしか出来なかったのだ」


 再び魔王は視線をこちらに戻し続ける。


「私もまた、神々に思考を見られ、行動を制限されていたのだ。七柱の創造神の被造物である私は、海の女神レムに思考を読み取られる……そして、逸脱した思考は強制され、この二千と七百年の間、神の手のひらの上で踊らされていたのだ」


 憎々し気に言い放って後、ブラッドベリは胸に手を置いた。


「この鎧は、七柱の創造神の介入を防ぐ力がある……本物の邪神ティグリス、七柱の創造神と争った古の神の加護がある。私は此度の戦乱でゲンブと接触し、二重思考で七柱の創造神を欺きながら、この機を待ったのだ……」

「……なぁ、一ついいか」

「なんだ?」

「仮にお前の言う事が本当だとして……まぁ、七柱の創造神の目的が悪いとも断定できないが、人々の運命をもてあそぶ連中……それなら、人類も魔族も、共に犠牲者だ。今までさんざ殴り合っていう事でもないかもしれないが、手を組むことは出来ないのか?」


 そう、別に相手のいう事を全て鵜呑みにする訳でもないが、短期間なりにこの世界を見てきた感じ――レムが自分をこの世界に蘇らせた理由を考えれば、七柱の創造神が何某か悪いことを企てているのは間違いなさそうだ。


「……本当に組むかは置いておいても、ひとまず休戦くらいは……」

「それは出来ない。我々魔族は、本能的に人間を嫌うように造られている。そしてそれは同時に、人類にも言える……とくに知能が低い個体は、理性で本能を服従させることができん。種の本能として、我々は手を取り合うことはできんのだ」


 こちらが妥協案を出し切る前に、相手の言葉で切られてしまう。ただ、確かに言われた通り、確かにアンデッドなどとの協力も難しそうだし、獣人系など腹が減ったら人間を襲いそうだ。本能的に相容れず、手を組めないのも仕方なしか。


 そんな風に思っている一方で、魔王はまた遠い目で空を見つめだした。


「ただ一度……ただ一度だけ、私も人類を信じてみようと思ったことがある。ユメノ……今より三百年前に、私と対峙した聖剣の勇者。彼女は私を封じる時、七柱の創造神に魔族の安住の地を作ってくれぬかと進言すると言ってくれた。

 だが、三百年後に目覚めてみればどうだ? 何も変わっていなかった。無論、今ならわかる。この魔族と人間の争いというシステムが生命の剪定である以上、創造神どもが彼女の願いを聞き入れるわけもない」


 魔王の声は、どことなく悲しげだった。今より三百年前に出会った勇者は、種の垣根を超えて、闘争本能も超えて、何か信頼できるものだったのかもしれない。


 そして同時に、ブラッドベリの抱える王としての葛藤も見え隠れした気がする。同胞が虐げられている悲しみ、神の盤上で運命を弄ばれている怒り――その感情は正当なモノだとも思う。


 だが、しかし――。


「……しかし、アラン・スミス、貴様も我が同胞の命を奪い、ここまで来たのだろう? 人類は、創造神の存在を疑うこともせず、戦のあとには安寧の三百年を享受する……我々、魔族を僻地に押し込んでな。

 私からすれば、神も貴様ら人類も同罪、共に滅ぼすべき存在だ。今回こそ、勇者のはらわたを食らい、人間の世に絶望のとばりを降ろしてくれる」


 そう、この惑星レムという世界に置いて、人と魔族が並び立たないなら、雌雄を決するしかない。こちらが視線を魔王に合わせながら少しずつ横に移動――まだ気絶しているシンイチから離れる意図だが、相手は待ってくれている――すると、魔王の方から声があがる。


「……こちらからも一つ聞きたい、アラン・スミス」

「……なんだ?」

「貴様が戦う理由はなんだ?」

「お前と同じだよ……お前が人間を殺すっていうなら……それだけで、俺がここに立つ理由になる」

「なるほど……それならば、仕方あるまいな」


 そう言うブラッドベリの声色は、なんだか少しだが暖かかった。それは、自分も同様――不倶戴天の敵だが、同時に、魔王も自身の種を護ろうと戦う、誇り高い戦士でもあるのだ。


 そして、お喋りは終わりと言わんばかりに、魔王は再び右手に漆黒の波動を纏いだす。


「高潔な戦士として、貴様の名をこの魂に刻もう……さぁ、お喋りは終わりだ」

「あぁ、お前がベラベラ喋ってたお陰で、回復させてもらったぜ」

「ふっ……高潔は撤回しようか」

「そいつはありがてぇ、むず痒いと思ってたんだ!」


 魔王の右手が下から上に薙がれるのと同時に、こちらも奥歯のスイッチを入れる。


『……どうする、アラン?』

『体一つでぶつかるだけだ!』

『超音速で相手にぶつかるつもりか? 体が吹き飛ぶぞ』


 そんなことは分かっているが、自分が出せる火力は速度でもって相手にぶつかるくらいしかない。もちろん、少しでも火力を上げる努力はするが――背後から手斧を取り出し、衝撃波を避けながらトップスピードに持っていって接近し、相手の左腕に向けてそれを振り下ろす。


 だが、やはり店売りの安物では、いくら速度を乗せても相手の装甲を貫くことも叶わず、斧の刃がゆっくりと砕けてしまう。そして同時に、その反動がこちらの腕にモロに伝わり――女神からの頑丈というプレゼントのおかげでなんとか繋がってはいるものの、完全にこちらの関節がおかしな方に曲がってしまう。


 いったん距離を取り、加速装置を解く。巨大な破裂音だけが響き、衝撃があった証拠として、相手も左腕を抑えながら大きくのけぞった。


「ぐっ……だが、もはやADAMsの連続使用はできまい!」

「……アランさん!!」


 ブラッドベリが反撃の姿勢に入る前に、自分の右手の痛みが和らぎ、感覚が戻ってくる。そしてすぐに、体が軽くなる。どうやら、アガタが復帰したようで、自分に対して回復魔法と補助魔法をかけてくれたらしかった。


 周りを見れば、アガタ以外も――アレイスター、テレサも起き上がっている。


「アランさん、これを!」


 その声は、先ほどシンイチが倒れてた方から聞こえる。何かが空を切ってこちらに投げられたようだ。


「させん!」


 それを邪魔するように、魔王が右手を引いて握る。ゲンブと同様のサイコキネシスが出来るのだろう、こちらに投げられたものを自分の方へ引き寄せようとしているようだが、それをわざわざ見過ごすこともない。


 加速装置を起動し、魔王の方へ引き寄せられていた宝石を空中でキャッチし、そのままシンイチの前で止まる。体には相変わらず痛みは走る物の、補助魔法のおかげか、倒れ込むほどではない。このまま戦うことが出来るだろう。


 それよりも、シンイチが投げた物の正体が何なのか。恐らく、聖剣の柄にはめ込まれていたものだが――現在、他の三人が魔王の動きを止めてくれている今なら少しは会話が出来そうだ。


「……これは?」

「それは、エルフの宝珠、調停者の宝石……持つものに精霊の加護を与え、付き従うものの潜在能力を引き出す宝石だ」


 そこでシンイチは一旦話を切り、刀身の折れた聖剣を持ち上げた。


「……アランさん、なんとかブラッドベリの鎧を破壊してくれ。そうすれば、後は僕が何とかしてみせる」

「だが、奴の装甲を破壊するには、火力が……」

「そのための、調停者の宝石さ。それを使って……」


 シンイチが話しているうちに、横から強力な突風が押し寄せ、他の三人がこちらに吹き飛ばされてくる。その向こうで、ブラッドベリが全身から漆黒のオーラを噴き出し、両腕を引いて握っているのが見える。


「……これで、全てを終わらせてくれる!!」


 魔王は右手、左手と順番に両腕を振りかぶってひざ下で交差させる。すると、白銀の鎧の目の前に、暗黒の球体が現れ――。


「滅びの波動【デストラクション・ストリーム】!!」


 叫びとともに両腕を振り上げると、暗黒の球体が裂かれ、そこから黒い衝撃波が辺り一面に走り出す。それに合わせて、自分は奥歯のスイッチを入れ――目指すは、中心にいる魔王の顎、それをぶん殴って止めてやる――漆黒の暴風の中、波動の僅かな隙間を縫うように駆けだした。

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