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3-35:The Banned and The Tiger 上

 やることは前進あるのみ、前に向かって走り出す。知覚的な感覚はいつも通りだが、しかし空気の壁が異様に厚く感じる――そうだ、これは自分の思考と体を何倍もの速さで動かす装置、世界側の構造は変わっていないのだから、空気抵抗が何倍にも増しているのだ。同時に恐ろしいほどの摩擦が生じており、体の周りに炎が巻き上がりつつある。


 併せて、視覚にも多少の変化がある。正面にある物が歪んで見え、色彩がやや青みが掛かってみる――相手の放った衝撃波は普通に動いているものの、それでも速さはこちらの知覚と身体能力で避けられる速度まで低下している。


『アラン、お前の今の武装では、ホワイトタイガーの装甲を貫くのは不可能だ……だが、その品性のない原始的なパイルバンカーを使えば、相手のメインの加速装置を破壊することは出来るかもしれない』


 外の音と違って男の声が変わらず聞こえるのは、これが脳内で行われているものだからだろう。


『好き勝手に言ってくれるな、俺は結構気に入ってるんだ……それで、相手の加速装置はどこだ?』

『右頬と眼球の間にある』

『了解だが、いいのか? アレ、元々お前の物だろう?』

『そうとも言えるが、問題ない……それに、止めたところで聞くお前か?』

『違いない!』


 ゆっくりと動く漆黒の波動の横をすり抜けながら、左腕の筒に火薬を入れ込み、ベルトに刺さっている次の杭を装填する。


 お返しだぜ、と口にしたものの、それは音にはならなかった。動きのほとんど止まっている魔王の仮面に左の拳を押し付け、ボタンを押す――炸裂は普段と比べてゆっくりと起こるが、それでも体感一秒程度で杭が発射され、そのまま回避運動のため、横に大きく飛ぶことにする。


 その後、世界が一気に音を取り戻す。ソニックブームの爆発音、標的を失った衝撃波が地面を抉る音、そして――。


「……何ぃ!?」


 魔王の狼狽と、金属が幾分か欠ける音、それらが一気に巻き起こった。ブラッドベリは辺りをきょろきょろと見回し、本来なら吹き飛んでいたはずの標的を探しているようだった。


「き、貴様……貴様も、ADAMsを!?」


 こちらを向いた魔王の仮面は健在だった。


『……浅かったな。だが、小さな亀裂が入った。次の一撃で止められるだろう』

『あぁ、それならもう一発……!?』


 ぶち込んでやる、そう返そうと思った瞬間、全身に激痛が走る。息も出来ないどころか、肺も苦しい――直後、口から赤黒い血を大きく吐き出してしまった。これが生身で高速移動をした反動か。


「ふ、ふは、ふははは! そうだ、加速装置は生身で使える物でない……骨と皮膚、筋肉細胞の強化と特殊装甲に身を包むか、全身が元々機械であるか、どちらかで……なければ……」


 魔王の言葉が段々と弱くなっていくのは、こちらの変化を見て取ったからだろう。自分でも分かる、自身の体のあちこちから白い煙が上がり、高速で回復していること――内臓も再構築されてきているようだ。


『……素体の頑丈さに上乗せして、リジェネレーター。それに、代謝を増幅する薬を服用したおかげか』


 難しいことは良く分からないが、多分、レムがくれたしぶとさと、クラウの劇薬のおかげで、体が回復しているという事だろう。


『これなら、まだいけそうだな、アラン……だが、次は向こうもADAMsを使ってくる、今よりも負荷は大きいはずだぞ?』

『どうせ、何て答えるかなんて分かってんだろうが』

『あぁ、そうだな……お前は忠告を聞かないからな。だが生身の体だ、痛くないか?』

『我慢すんだよ、男の子だからな!』


 下がっていた視線を上げると、声の忠告通りに魔王も加速の準備に入っている。まだ体に痛みはあるが、四の五の言っていられない。相手に遅れずと、こちらも再び奥歯を噛む。再び世界から音は消えるが、同時に黒い獣がこちらに向かって突貫してきているのが見える。


 この加速した世界では、魔王の出す衝撃波は意味を為さない。そうなれば、自然と自分の体でぶつかるしかない。しかし、同じ時間を動くなら、フィジカルが強い向こうに分があるか――。


(……それなら、ギアを上げる!!)


 より速く動けるように、神経を集中させる――次元の壁、時間と空間との隔たりを、無理やりこじ開けるように――眼と脳が焼けきれるかと思うほど熱を帯びるが、耐えられないほどではない。


 結果、視界の歪みはより強くなり、魔王の速度が遅く見えるようになる。これならいける――自分から見て右に飛びながら、パイルバンカーの再装填をして、半円を描くようにブラッドベリに近づく。


 相手からしてみれば、ほとんど消えたように見えたはず。しかし、恐らく向こうからしても影は捉えられる程度の速度差。こちらが拳を突き出す間合いで、ゆっくりと魔王はこちらに振り向いてくる――僅かにヒビの入っている個所に杭を合わせ、ボタンを押すタイミングと、目が合うタイミングが丁度合致した。


 先ほどよりは、離脱のタイミングを遅らせないと杭の位置がズレる――少し待って離脱しようとした瞬間、相手の体から炎が発生する。パイロキネシス、向こうもこちらの攻撃には備えていたという事か。熱なら瞬間的に発生させられる、有効な反撃になるだろう。


 だが、どうせ高速で動いている時点で燃えているのだ、それに先ほど我慢すんだよと息まいた手前、根競べに負けるわけにもいかない。こちらの体に炎が燃え移り、同時に杭が発射され、すぐにその場を離脱して地面を転がりまわって炎を少しでも消火出来るように努める。


 十メートルほど転がりまわったか、その後に音が戻ってくる。すぐに離脱したため、炎はそこまでのダメージにならず、火傷した皮膚もすぐにかさぶたとなって生え変わるが、如何せん自爆のダメージが大きい。再度口から血を吐き出してしまい、全身が千切れるような痛みに襲われる上、今度は眼や脳の痛みも酷い。もうどこもかしこも酷くて、若干感覚が麻痺しそうなほどだ。


『……相手の加速装置は破壊できた。だが、休んでいる暇はないぞ、アラン』 

 

 その声になんとか顔を上げると、自分が先ほど走った道に、炎が巻き上がっており――合わせて、魔王の仮面の一部分がはがれて皮膚が見えている。だが、そんなことはお構いなしという感じに、こちらに向けて黒いオーラを纏った腕を振りかぶってくる。


 ヤバい、避けるか、加速装置を使ったら、体はもたない、それなら加速せずに――いや、ダメだ、射線上に、シンイチがいるはず。


 口の中に鉄の味が残っている状態で、再び奥歯のスイッチを入れる。この状態で動いては、本気で体がもたないとも思えるが、やるしかない。射線上に、気絶したままのシンイチがいる。背後に跳ぶと、景色がやや赤みを帯びて見える。衝撃波よりも早くシンイチのもとにたどり着き、その体を抱えて、衝撃波に巻き込まれない場所まで背中を進行方向に向けるように飛び――超音速では、先端ほど熱を帯びるため――着地した。


「……がはっ!!」


 再び口から血を吐き出しながら、膝を地面についてしまう……都合、シンイチはほとんど腕から落としてしまう形になってしまう。


「……アラン・スミス。貴様は勘違いしている。確かに、ADAMsは強力だ……しかし、私がこの鎧を欲したのは、それが目的ではない。加速装置を破壊されたところで、私にはたいした痛手ではないのだ」

「……どういう……こと……だ?」


 こちらの質問に対し、魔王は迎撃の手を止めた。


「良かろう。もはや、貴様に反撃の力はあるまい……貴様がどれだけADAMsを使おうとも、それは自爆にしかならぬ。貴様の攻撃では、私を傷つけることは出来ないのだからな……少し話をしよう、ここまで抗った、貴様へ敬意を評してな」


 そう言いながら視線を上げる魔王の傍で、脳内から声が聞こえだす。


『……確かに、薬の効果が切れてきているのだろう、再生速度が落ちてきているな。パイルバンカーも打ち止め……どうする、アラン?』

『……お相手さんがべらべら喋ってくれてるうちに、少しでも回復させて反撃の機会を待つ。他の四人が復帰すれば、高速移動っていうでたらめは封じたんだ、どうにかなるかもしれない』

『……ふふ、そうか。原初の虎が他人に期待するか……それもいいだろう』


 自然と話していたが、語りかけてくるコイツは一体何者なのか。そんな思考を巡らす前に、ブラッドベリが再び視線をこちらに向けて話し出した。


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