3-33:レムとの問答
魔王城の中心部の構造は、不思議な形を取っていた。後からこさえたのであろう、螺旋階段で上へと繋がっていっているが、基盤部分は何某かの乗り物の通路――それは、自分の前世にあった現代風な乗り物の、広い通路が、直角に地面に刺さることで上へと昇る吹き抜けに変わっている、そんな感じだった。
一言で表すなら、これは星間飛行のための巨大宇宙船の内部だ。外から見た時も、なんとなくそうだと思っていたのだが、中に入ってそれは確信に変わった。
『……おい、レム』
『……はい、なんでしょう、アランさん』
ダメもとで話しかけてみただけだったのだが、女神から返事が返ってきた。恐らく、この空間と先ほどのゲンブとのことで、流石に答えないと自分が納得してくれないのは理解して反応してくれたのか。
『色々と聞きたいことはあるが……ひとまず、さっきは助けてくれたんだよな、ありがとう』
『……いいえ、逆です。敢えて、ゲンブの畏敬が、アランさんにも少し通じるようにしたんです。今はアランさんには畏敬が効かないよう、元に戻しています』
『なんでそんなことを?』
『端的に言えば、彼の意識をアナタに向けないため……ただでさえアランさんは警戒されていたのに、その上に畏敬まで効かなければ、彼は一目散にアナタを狙ったでしょう』
『彼、彼ね……まるで知っているように言うんだな』
相手からの返事はない。沈黙は肯定、そういうことなのだろう。
『アイツが創造の七柱神に滅ぼされた古の神の一員っていうのは、嘘じゃないんだな?』
再び声をかけても、向こうから声は返ってこない。仕方なしに、ひとまず進むことに集中する――大分上ってきたはず、しかし道中に争った形跡もなければ、自分が襲われることもない。戦える魔族は外に配備されていて、中は伽藍洞となっていたのだろう。
『それにここの内部構造、こりゃ宇宙船だ』
遮る物がないなら自然に、周りの景色がいやでも目に入ってくる。この中世風の世界観にはそぐわない構造を見れば、この惑星には生物が自然発生した訳でなく――何者かが入植してきたのだと想像できる。
『……いい加減、色々話してくれないと納得できんぞ』
『分かりました、きちんとお話しします。でも、今は目の前のことに集中してください。邪神ティグリスが本当に復活するとなれば、勇者の力が魔王に届くとは限りませんから』
『そう言えば、お前は最初に俺に対してこう言った。勇者に魔王を倒せる力を授けられるくらいなら、自分で倒しに行っている、と……逆を言えば、お前の力は魔王を超えているはずだったんじゃないか? それを勇者に授けて、高みの見物をしていた……つまり……』
『アランさん、お願いします、目の前のことに集中して下さい』
こちらが言いたいことを言う前に、レムは言葉を切ってきた。どうやら、こちらが言おうと思っていたことに対しては、どうしても答えたくないようだ。
『分かった……でも、これだけ答えてくれ。俺は、お前を悪い女神だとは思ってないし、思いたくもない……俺がやっていること、ここにいることには、意味があるんだよな?』
『……少なくとも、私にとっては』
相手の言葉の真意が分からず、ひとまずこちらも黙って相手の言葉を待つ。少しして、ためらうかのような小さな声が脳内に響きだす。
『アランさん、私は自分で善悪の判断が出来ないのです……この星の海である私は、無限の意志と溶け合った集合体の様なもの……多大な知識と情報、感情のうねりの中心である故に、一つの強い意志を持って何かを決定できないのです』
『……そんな感じはしないがな。俺はレムが、人間臭いと思っているが』
今はしゅんとしているが、それでも普段はユーモアが効いているし、何より――レムはソフィアを良い子だと言った。それこそ、善悪の判断が出来ていることと相違ないのではないか。少なくとも、主観レベルでは物事を判断できるはずである。
『それは、この海と溶けあった最初の人格をトレースしているだけ……きっと彼女ならこうする、彼女ならこう言う、私はそれを真似ているだけなのです』
なんとなくだが、夢のような場所で見る彼女の姿、それこそがレムの言う最初の人格だったのかもしれない。
『……それじゃあ、俺を蘇らせたのも、レムが彼女ならこうするって判断したからなのか?』
『その通りです。強い意志を持って、世界に対峙できるアナタなら……きっと彼女の満足する答えを導き出してくれる……そう思ったから』
その口ぶりだと、まるで最初の人格と自分は知り合いだったかのように聞こえるが――さすがにそれは考えすぎか。自分は数週間前に死んで、そしてこの世界に転生してきたはずなのだから。
『アランさん、もう一度言います。私は、この世界をアナタに見てほしかった。七柱の創造神が作り上げてきたこの世界が……良いものなのか、悪いものなのか。それを、私の代わりに判断してほしかったのです』
『……そんなもん、自分で考えろと言いたいがな。しかし……一個だけ言えることがある』
『なんでしょう?』
『俺を呼んだ時点で、お前の中の彼女とやらは、きっとこの世界を違うと思ったんだろう。そしてそれは、お前の感情でもいいんじゃないか、レム』
また、相手からの返答はない。こちらの言ったことに戸惑っているのかもしれない。
『そして、現時点ではだが……俺もその彼女に賛成だよ。具体的なことが分かっていないから何とも言えないが、それでもこの世界の構造はあまりにも胡散臭い。七柱の創造神とやらが、自分たちの作った世界を、自分の意のままに操っているように感じる』
しかし同時に、この世界に愛着を感じている自分が居るのも確かだ。
『……でも、この世界に存在する人間達は、俺が居た世界ときっと変わらない……悩んで、泣いて、笑って、時に勇気をふり絞って、前に進もうとしている……だから、俺はこの世界に生きる人たちが、あの子たちのことが好きだよ』
そして、この世界の人類が、魔族によって生活を脅かされているのなら――恐らく、自分が思っている以上に状況は複雑だ。魔族側には魔族側の事情があり、そしてそれは七柱の創造神も関与している気がする。
それでも、今この場で魔王を倒さなければ、あの子たちが報われないなら、魔王と戦うことに躊躇はない。仮に魔族が本当は犠牲者なのだとしても、今決断しなければあの子たちが困るのなら――自分は咎人になったっていい。人類だって間違いなく、何者かの被害者なのだから。
もちろん、自分が行って何が出来るかは分からないが。それでも、信じて送り出してもらったのだから、やれる限りのことはしよう。
さて、そう言えば、元々なんでこんな話になったのか。そうだ、自分からレムに質問したのだ、それについても答えておくことにする。
『あと、もう一つ追加で。俺がここにいること、それがお前にとって意味があるなら、それでいい』
『……ふふ、女神を口説いてます?』
『いいや、俺はもうちょっと素直な子が好きだな……ミステリアスもいいが、隠し事が多い相手は、頭を使うから疲れるんだ』
『あら、ふられちゃいました』
『よし、調子が出てきたな。しょぼくれてるよりは、その感じの方がお前にはあってるぜ。さて……』
上からの振動と音が段々と大きくなってきている。すでにシンイチたちと魔王との決戦は始まっているのだろう。
『えぇ……勇者達は、魔王城の最上部を抜けた先の火山の頂きで魔王と戦っています。アナタに加護を……そして、この戦いが終わったら、アナタの質問と疑問に全て答えると約束します』
『あぁ、頼んだぜ』
階段の上から、日の光が差し込む。最上階は、どうやら宇宙船の艦首部分という感じで、それが山の方へ向かって傾いている。本来なら床であったであろう箇所に穴が開いており、そこから金属の橋が掛かって、火山方面へと抜けられるようだった。
『……アナタに戦ってほしい訳でなかったのは本当です。しかし……もし、本物の邪神ティグリスが現れるとするなら、対抗できるのはアナタしかいないかもしれません。アナタは……』
女神の言葉尻は、奥から届く閃光と轟音とにかき消えた。
岩肌を走りながら、ポケットに手を突っ込む。そしてお目当ての瓶を取り出し、その蓋を開けて一気に飲み干した。それは、クラウから受け取っていた劇薬だった。アガタが居れば補助魔法がもらえるかもしれないが、魔力切れや気絶中、それに最悪のことも考えなければならない。それなら、事前に準備もしておくべきだろう。
左手にはクラウが作ってくれた新兵器もしっかりつけられている。魔王に対して近接戦もないだろうが、投擲よりは威力はあるだろう。もちろん、自分が出る幕など無いのが一番なのだが。
頂に近づけば近づくほど、その戦いの激しさを象徴するように、その余波がこちらまで届いてくる。
しかし、それも自分が昇り切った時に、ぴたりとやんだ。見れば、勇者とその仲間たちは全員健在――シンイチが剣を天にかがけているその奥には、男性らしいシルエットが跪いている。
その男の体のパーツは、人間のそれと違わないものだった。二本の手に二本の足、腕などはマントから露出しているが――傷だらけだが――かなり筋骨隆々という感じ。跪いていても分かる程に体は大きく、恐らく立っていれば二メートル程ありそうだし、肩幅も胸も厚く、目の前にいたら相当に威圧感もあるだろう。
だが、やはり人間と違うと一目でわかるのは、青白い皮膚の色だろうか。前世から照らし合わせてもそのような皮膚の色は無かったし、もちろんこの世界でも見たことはない。そして、真っ赤な瞳に黒い瞳孔で、憎々し気にシンイチの方を見つめている。
「ぐっ……! 人間め……!!」
魔王の苦し気な声は、演技というようには見えない。だが、傷の部分は白い煙を上げて高速で回復しているようで、不死身というのもあながち嘘でもないのだろう。
対するシンイチは、冷たい瞳で跪く敵を見下ろしている。きっと激戦があったはずで、幾分かシンイチにも傷は見えるものの、まだまだ余力はありそうで――全部を見ていたわけではないし、一対四という構図ではあったのだから早計は違うのかもしれないが、それでもシンイチのほうが圧倒的な存在として、この場に君臨しているように見える。
「……これで終わりだ、魔王ブラッドベリ」
シンイチがそう言うと同時に、聖剣の機構が動き出し、天から一条の光りが降り注いでくる。不死身の肉体を封印することの出来る聖剣の一撃が、動きが止まっている魔王に向けて発射されようとしている――これで終わりか、自分の出番など無かったのだ。
だが、嫌な予感がする。シンイチが眩く輝く剣を両手に持ち、正面に構えた瞬間、魔王の口角が僅かに上がった気がした。
「マルドゥーク・ゲイザー!!」
勇者が剣を振りかぶると同時に、魔王はマントから一枚の札を出して左手で持ち、それを目の前にかざした。
「それを……待っていたッ!!」
「何!?」
声は、そこで途切れた。シンイチの放った一撃が、空を震わせて、それ以外の音が無くなったからだ。視界も眩く、光りばかりでほとんど何も見えないが――微かにだが、魔王の前に陣が浮かんでいるのが見える。アレは、先ほどイヤというほど見ていたモノと同じ――七星結界だろう。それが、魔王の体を貫くはずだった光の渦を、寸での所で押しとめているようだった。




