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3-32:我武者羅の一撃 下

『……クラウ、調子はどうだい?』


 自分の不甲斐なさを励ますように、ティアが落ち着いた声で話しかけてきた。


『うん……大分落ち着いたと思う』

『そうかい、それなら良かった……君に頑張ってもらわないと、アイツには勝てなさそうだからね』

『……え?』


 自分ではゲンブに立ち向かえないと落ち込んでいた真っ最中に、予想外の言葉が出てきたことに驚いてしまう。


『アイツの観察眼や読みは半端じゃない。ソフィアちゃんが言っていた通り、予想外の一撃を出さないと、アイツの予測を上回るのは難しいだろう……アイツの想定では、もうクラウが出てくることはないと思っている。そこに隙がある』

『そ、そんな、無理だよ……だって、アイツの前では、体も動かないし……』

『さっき、ゲンブは自分の畏怖は不完全だと言っていた。ソフィアちゃんも今は動けてるし、多分短時間なら、気合で動けるさ』

『でも、私は……ティアほど、強くない』


 自分が外に出たところで、ティア以上のことが出来るとは思えない。それなら、自分はこうやって引っ込んでいるのが最善。いくら役に立ちたくても、自分の居場所を自分の手で護りたくても――中途半端な自分は、何も出来はしないのだ。


『いいや、そんなことはないよ』

『……えっ?』

『ボクに出来ることは、クラウ、君にも出来ることなんだ……同じ体を共有しているんだからさ……いいや、本当は、ボクより君のほうが強いはずなんだ、クラウ。君は、望むことが出来るのだから』


 たまに、ティアは良く分からないことを言う。同じ体に二つの魂、自然と私がしてしまうように、彼女もまた、自分と相手を比較した発言をする。しかし、それが抽象的で、良く分からないことが多々あるのも確かなことだった。


 そんな自分の困惑を無視するように、ティアは地上で戦い続ける二人を見ながら続ける。


『君の願いは、きっと叶うはずなんだ。君が望めばね……ただ、座して待っていては、それを掴めないだけ……望むのならば、手を伸ばさなければならない。抗わなければならないんだ』


 そして今度は、ティアは頭上を見上げた。そこには、宙で魔術を結界で無効化しながら浮いている人形の姿がある。


『今、君が一人で飛べないというのなら、ボクが力を貸そう。それに、ボクだけじゃないさ。彼と、彼女たちがいる場所が、君の居場所なのだろう? 君がそれを護りたいと願うのと同様に、彼らもきっと、同じ願いを抱いている……だから、大丈夫さ』


 ティアが言い切った時、ちょうど視界にある物が飛び込んできた。それは恐らく、この部屋に最初に入った時に、彼が投げて弾かれたナイフ。それが天井に刺さっているのが見えたのだった。


『アラン君……』


 彼の力はそんなに強くはない。それでも不思議と、ソフィアが言っていたように、何かやってくれる感じがする――。


 そこまで考えて、なんとなくティアの言いたいことが掴めてきた。彼はいつだって、抗っているのだ。力が強くなくても、決して下を向かない。誰かのために、一生懸命走って、誰かに手を差し伸べている。


『……もし、皆と一緒にいたいのなら、私も頑張らないと』


 彼ほど上手くできる気はしない。いや、彼も別段うまくはないか、がむしゃらなだけ。


 それなら、それでいい。自分だってがむしゃらにやってみるだけだ。


『私、やってみる……そのためにティア、力を貸して』

『あぁ、喜んで! 何をすればいい?』

『ゲンブに襲い掛かるふりをして、天井に刺さっている短剣まで跳んで……そして、第六天結界を仕込んで』

『ふむ、その後は?』

『敵を欺くにはまず味方から……相手の裏をかかなきゃいけないから、ティアにも内緒』

『ふふ、楽しみだ!』


 ティアは嬉しそうな声で答えて後、足元に陣を出して飛び上がる。もちろん、単純な軌道だと敵に読まれるから、周りのガラスの柱に飛び移りながら頭上の人形に肉薄する。最終的な角度はほとんど正面、高さを一致させて迫るティアに対して、人形も正面から結界を展開させる。


「アナタも、何度も落とされているというのに……」

「今度は舞い上がるよ……そして、次に落ちるのはお前さ」


 ティアとゲンブの陣がかち合うとすぐに、ティアのほうが結界を弾いて、更に上へと上昇した。ティアが伸ばした手の先には、彼の短剣が刺さっており――それを自分の体の右手が握りしめると同時に、仕込みは完了した。


『……行くかい?』

『うん、行くよ!』


 意識を強く持つのと同時に、体のコントロールが戻ってくる。ティアが動き回ったのと先ほどの出血の影響だろう、体には疲労感がありありとあるが――今は、それも心地よい気がする。


 短剣を天井から引き抜く反動で上半身と下半身を入れ替え、下を見る。ちょうど、ゲンブもソフィアの魔術に対応するために、先ほどの場所にいるままだ。そこに狙いを定めて、足元に陣を出し――持てる力で思いっきり天井を蹴った。


「……何!? くっ……!」


 ゲンブが反応すると、相手は驚きの声を上げるとともに七星結界を展開した。ティアの予想通り、自分が出てくるのが想定外だったのだろう。そして、聡いコイツのことだ、こちらに何か策があるとまでは読んだのだろうが、動きは早くないので避けるには間に合わなかったようだ。


「……うわぁぁああああああああああッ!!」


 相手が先ほどの畏敬とやらを出す前に、いや、出してもなお心を折られないようにするために、思いっきり声を出して自分を鼓舞する。そして、短剣を逆手に持ち替え、殴り下ろすように相手の結界にそれをぶつけ――同時にティアが仕込んだ結界が発動する。


「……何度やっても、アナタの力が私に届くことは……!」

「いいえ、届かせて見せます!!」


 七つに一つ足らないなら、私が一つ足せば良いだけ――ティアの紡ぐ六枚の結界に、私のがむしゃらが一枚増えて、短剣から七重の結界が発生した。


「これが私の一生懸命……これが私たちの、七星結界・フェイク!!」


 叫びながら、彼の短剣を押し込む。紛い物であっても、その質と量は本物。同質量の結界がぶつかり合うのだ――結界は波の様なもの、同じだけの大きさがぶつかり合えば、互いに対消滅する。


 そして後は、天井を蹴ってきた勢いがあるだけ、自分の方に分がある。


「そんな、無茶苦茶な……!?」


 一枚、また一枚とガラスが割れるように消滅していく陣を見つめながら、人形は今までで一番の驚愕の声をあげてくれた。それに、自然と口角があがるのを感じ――最後の一枚が割れるのと同時に短剣の刃をそのまま人形の頭に押し付け、そのまま重力に任せて地上に共に落ちていく。


 落下の勢いをそのまま、地面に叩きつけるのと同時に人形の体を縦一閃。特別の体であったのわけではないのだろう、確かな手ごたえで人形の体は両断され、こちらは地面に衝突する寸前に地面に結界を出し、その斥力で後ろに飛んで着地した。


「くっ……だがまだ……!?」


 相手は不思議な力で物体を飛ばせるのだから、それの応用で二つに割れた体を結合しようとしていたのだろう。紐や綿が絡み合い、元に戻ろうとしていた――のだが、ゲンブの復帰は叶わなかった。自分が着地するのと同時に、炎の魔剣で、今度は横一文字に薙がれ、その体が燃え始めたからである。


「……いやぁ、これは私の負けですね」

「アナタにはまだ話してもらわないといけないことがあるわ……エルフの男はどこ! お義父様の仇の!!」

「やだなぁ、私、燃えてるんですよ? 喋る余裕もありません……おぉ、熱い熱い」


 食ってかかるエルに対して、ゲンブの声にはまだまだ余裕はある。確かに相手の裏はかけたし、倒すことは出来そうなのだが――アレは仮初の体と本人も言っていたし、単純に依り代を失うだけ、そうなればこの余裕も納得か。


「まぁ、十分に時間は稼ぎました。後は魔王様に頑張ってもらうことにしましょう」


 燃える炎の中で首を回し、人形は改めて、私やソフィアの方を眺め見た。


「……アナタ達の力は本物だ。負け惜しみに聞こえるかもしれませんが、アナタ達の力は旧の神と言われている私に届いた……これが事実です。

 そして、それは素晴らしいこと……アシモフの子供たちは、偽りの神を乗り越えていく力があるのです。どうか、それをお忘れなく」

「待ってください、アシモフの子供たちとは……!?」

「……それに関しては、知らないほうが身のためですよ。まぁ、もう一度会うこともあれば、分かるかもしれませんね……それでは、失礼します」


 ソフィアの質問を煙に巻いて、一方的に言いたいことだけ言って後、人形から気配が消え、後は布で出来た人形の残滓が熱に任せて灰になっていくだけ――エルは瞳に炎を反射させ、しばらく人形が跡形もなくなくなるのを眺めているようだった。


 そして人形が燃え切るのと同時に、建物全体が大きく揺れ始めた。


「お、おぉ!? なんですなんです!? 何事です!?」

「……多分、魔王との戦いの余波ね。私たちも急ぎましょう」


 すでに気持ちを切り替えたのか、エルはそう言いながら、昇り階段があった場所に目を向けている。


「しかし……アレをどかすのは手間ね」

「瓦礫、上手く魔術で壊してみるね!」

「そうね……ヘカトグラムも上手く使えば、どうにかなるかも……」


 ソフィアは瓦礫の方へと歩み出した。エルはその背中を追う前にこちらに振り向いて微笑む。


「……アナタは休んでいなさい、クラウ。それに、ティアにもお疲れ様……良かったわよ、アナタたちの一生懸命」


 そう言い残して、エルも瓦礫の方へと向かった。確かに、自分の力では瓦礫をどうすることもできないし、暴れまわったからかなり疲労もある。お言葉に甘えて少し休ませてもらおう。


 しかし、先ほどの出来事のおかげで、不思議な充足感がある。それは、エルとソフィアと、そして――。


『……ティア、ありがとう』

『ふふ、どういたしまして』


 自分の大切な友達に礼をした後、もう一人、自分に頑張る力をくれた彼のことを思い浮かべる――脳裏に浮かんでくるのは、不思議と後ろ姿だった。


(少しは、あの背中に追いつけたかな……)


 ふと視線を落とすと、自分の右手には彼の短剣が握られていた。一回、短剣を持つ手をもう片方の手を重ね、柄を両手でぎゅっと握り――それをお守り代わりにすることに決め、こっそりと鞄の中へとしまい込んだ。

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