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3-31:我武者羅の一撃 上

 彼の背が扉の奥に消えるのを見送って後、現在の体の支配者――ティアが上空を跳ぶゲンブの方へと視線を向ける。


「……やりますね。さすが本来なら、勇者の供に選定されるはずだった運命の少女たち……いいえ、運命に縛られた少女たちというべきでしょうか? ともかく、予想以上の爆発力でした」


 上空の人形が腕を振ると、辺りに散乱していた瓦礫たちが、上階へと続く扉の前の方へと飛んでいき、階段をふさぐ巨大な壁となってしまう。


「アナタたちも、アラン・スミスと同様、警戒レベルを一つ上げさせていただきます。もうだれ一人と、この先へ行けるとは思わないでください」


 確かに、あの瓦礫をどかすのは骨が折れそうだ。ゲンブを倒さない限り、この場から退散することも難しいだろう。


『……でも、ソフィアちゃんがアランさんを先行させるのにはびっくりした。この前、一人にさせないって息まいてたのに……』

「……いや、随分お怒りのようだ」


 ティアがごちたように、ソフィアは仇敵でも見るかのような眼で上空に佇む人形を見つめていた。


「……そういうアナタも、タダで済むと思わないでください。私、相当怒ってますから……!」


 ソフィアの杖から稲妻が走るが、相手方の結界の前に霧散した。それを合図にするように辺りの物が飛び交いだし、戦闘が再開された。


 とはいえ、中々有効な手を打つことが出来ない。ゲンブ自身が言っていたように、しぶとさは相当であり――最強の結界を使えるので当たり前か。しかし、ゲンブの魔力は無尽蔵なのか、派手に結界を使ってはいるものの、まったく息切れする気配がない。


 そもそも、今まで自分の力に疑問を持たなかったが、魔法とは何なのだろう。ゲンブが使っているのも、神聖魔法の一種なはずだが、恐らく彼には神の加護はない。彼自身が神だから、自在に力を使えるとしても、その力の源泉は何なのか――。


「……疑問に思っているようですね、クラウディア・アリギエーリ。なぜ、私がアナタたちでいうところの神聖魔法を使えるのか」


 まさか、この人形は奥に引っ込んでいる自分の思考を読んだのか? いや、恐らくは偶然だろう――性格や口調が違っても、ティアと自分の考えることは似通う。つまりは、ゲンブに向かって結界をバネに跳んだティアの顔にも疑問が浮かんでいたのだと思われる。


「理由は簡単です。神聖魔法というのも、結局は魔術の一種なのですよ……魔術師は自らの力でそれを行使するのに対し、神官であるアナタ方は、神に代行してもらっている、それだけの差なのです」

「……つまり、お前は魔術として結界を使っている、そういうことかい?」

「そういうことです。この世界では神官と魔術師の役割を変えるために、学院では結界を専攻させないようにしているようですが……ね!」


 結界の枚数が違うのだ、やはりティア一人では押しきれないか。相手の七枚に、自分の体が押し返されてしまう。


 とはいえ、ティアの身体能力なら問題はない。しなやかに着地して、すぐさま跳んで、追い打ちのために飛来してきた瓦礫を躱してくれる。回避行動がひと段落すると、ソフィアのほうに目が行く――あの気迫は、最強魔術を撃つつもりか。

 

「……我開く、七つの門、七つの力……」

「第七階層は撃たせませんよ……!」


 ソフィアが第七階層魔術の準備に入るのと同時に、少女の方に折れた柱が飛んでいく。それが当たるすんでの所で、エルが少女の体を抱きかかえて身を屈めた。


「まったく、やりにくい相手ね……!」

「え、エルさん、ありがとう!」

「しかし、アイツ、目が何個もついているのかしら……どこにいても、三人の行動を正確に把握しているようだし……」

「でも、第七階層は中断してきてから、撃てれば有効打になるかも……!」

「えぇ、でも……!」


 飛来してくる巨大な岩を、エルは宝剣の重力で落とす。


「こう、波状攻撃が激しいと、なかなかその隙も無いわね……!」


 そう、相手の火力は高くないものの、攻撃自体が四方八方から飛んでくるので、強力な魔術を撃つ隙がなかなか出来ないのだ。併せて、宝剣で火力を期待できるエルにとっては相手が遠く、間合いを詰めることもなかなか難しい。


 現状では、恐らく相手にとって一番対応の優先度が低いのはティアだ。それは、単純に相手の結界を確実に貫通しうる攻撃手段を持たないから。そのため、たびたび懐に入り込むことは可能でも、七星結界で弾かれてしまうというのが現状だった。


「……エルさん、ボクがディフェンスに周る!」


 自分の考えは、ティアも考えたのだろう。どうせ自分の攻撃が通らないなら、ソフィアが第七階層を撃てるだけの時間を自分が稼げばいい。


 エルと入れ替わり、ティアはソフィアのうしろから包み込むように立つ。これで、前も後ろもある程度護れるはずだ。


 そして、ソフィアが再び第七階層魔術の詠唱に入る。慌てて詠唱を止めてきたことを考えれば、これが決まれば――それにいずれにしても、シルヴァリオン・ゼロはこちらの最大火力なのだから、どの道そこに掛けるしかない。


「……それを待っていました」


 低い声に、慌ててティアが人形の方へと視線を上げた。見ると、ゲンブは左手の人差し指と中指で、紙の札を挟んでいるようだったが――あの感じ、アランが投擲をする時と雰囲気が似ている。


「七星結界・破断!」

「……マズい!」


 人形が手を振り下ろすのと同時に、ティアがソフィアの前に出て、両手で結界を展開する。相手は、札を起点に、結界を射出してきたのだ。それは超圧縮された刃となり、こちらの盾と衝突する。ゲンブが待っていたのは、恐らくソフィアが魔術に集中する瞬間。札の速度は、普段の自分たちなら簡単に避けられる程度。しかし今からだと、詠唱に専念し始めたソフィアの回避行動が間に合わない。そしてそれを護るために、ティアが前に出れば、二枚抜きを狙える――ゲンブはそれを狙っていたのだ。


「ぐ、ぬぅううううう!!」


 ティアは苦し気な声で――自分の口から聞こえているのだが――踏ん張るものの、相手の結界のほうが質が上、しかも鋭利な分、いとも簡単に六重の結界が打ち砕かれていく。


「ちっ……! ソフィアちゃん、左へ!」


 防ぎきるのが無理と判断したのだろう、ティアはそう叫んでから僅かに身を翻す。六重の結界が破られるのと同時に、まだ健在な刃が通り過ぎ――躱さなければ、自分の体も後ろの少女も両断されていたであろう、しかしなんとか左の肩から腕を斬られる程度で済んだ。


 だが、相手の攻撃をいなしたのも束の間、背後の方から何かが飛んでくる音がする。


「あっ……!?」


 小さな呻き声が後ろから聞こえると同時に、ソフィアの体が前に投げ出される。恐らく、瓦礫が背中から衝突したのだろう、ソフィアは体の前面から床に叩きつけられてしまう。


「ソフィア!!」


 エルがこちらの状況にすぐに対応してくれ、彼女自身に迫りくる障害物に二本の剣で対応しながらこちらに戻ってきて、倒れる少女の前に立ってくれた。


「……アイツ、荒事は苦手とか嘘じゃない……ティア、自分とソフィアの治療を!」

「あぁ……了解だ……!」


 ティアは跪くと、自分より先に苦しそうに呻いているソフィアの背中に手を当てた。


「ごほっ……ごめんなさい、ティアさん……」

「いいや、ボクが盾失格なだけさ……立てそうかい?」

「うん、なんとか……!」


 ソフィアの顔色は悪いままだが、その眼の闘志は消えていない。治療が終わると歯を食いしばりながら立ち上がり、再びエルの横に立って障害物の迎撃を始めた。


 ティアも、自分の左肩に右手を当て、治療を始める――毒などは無いようだから、命には別状はない。体の主導権は今はティアにあるので分からないが、自分に戻った時には、少し血が足らなくてぼぅっとするかもしれない程度か。


 しかし、この場において、自分は全く役に立っていない。それどころか、体が動かないから足を引っ張る始末だ。仮に枢機卿級の魔法が使えたとしても変わらないだろう――自分より、ティアのほうが魔法の扱いも体術も上だし、何より判断力が段違いだ。


 それに、やっぱりソフィアとエルも凄い。戦闘力が高いのもそうだが、何よりも圧倒的な存在を前にしても、心を強く持って、毅然と立ち向かっている――仮に畏敬とやらで立ちすくまなかったとしても、自分が前に出ていたとして、あの人形を相手にここまで心を強く立ち向かえるか分からなかった。

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