3-29:迅雷風烈 上
「アラン! アナタは二人を護って! 私がコイツを……!」
エルは再び剣を右手に構え、椅子に鎮座している人形に切りかかる。確かに、あの熱線が動けない二人を狙ったマズい。自分はとくに症状の酷いクラウのほうに近づく。
体を支えて物陰に逃げようとするが、クラウは俯いたまま、手を上げてこちらを制止した。
「いや、大丈夫だよアラン君……ボクは動ける」
どうやら、ティアと交代したらしい、確かに体の震えは止まっているようであり――赤い瞳を燃え上がらせ、人形の結界に弾かれて後方に跳んだエルと入れ替わるように、ティアも凄まじい速度で人形の方へと詰め寄った。
「七聖結界……勝負!!」
ティアは右手から六重の結界を展開し、それを相手の結界に叩きつける。互いの結界がうねりを上げてぶつかり合い、乾いた音を空間に鳴り響かせている。
相変わらず人形の感情は分からないが――それでもゲンブは、興味深げに緑髪の襲撃者を見上げているようだった。
「面白い、解離性人格障害は畏敬の対象外になるのですか。これは初めて知った……しかし、アナタが教会から追放された理由、分かりましたよ」
「……なんだと?」
「用心深いルーナ神は、自分に抵抗できる可能性のある者に権力を与えたくなかったのです……アナタの魂は、この世界の神が定めた理の外にあるのですから」
「ふぅん、良く分からないけれど……今はお前を倒すのが先決さ!!」
そう言いながら、ティアは右手を更に押し込む。どうやら、一枚、また一枚と互いの結界が相手の結界を割っているようだった。
「いや、素晴らしい……これほどの力を有しているとは、クラウディア・アリギエーリ。アナタには、ぜひ私に協力していただきたいですね」
「クラウの仲間を傷つけるやつは、もれなくボクの敵でもある……出来ない相談だね……エルさん!!」
ティア側の最後の一枚が割れる直前に、ティアはエルの名を呼んだ。その背後では、宝剣の先に重力波を構えている黒衣の剣士の姿がある。
「ヘカトグラムッ!!」
「おぉ!?」
最後の一枚が割れるのと同時に、ティアが横に跳び、重力波が椅子に向かって放たれる。今回ばかりは人形も驚いた声をあげながら、椅子から上へと飛んで――文字通り、ふわっと飛翔していく――重力波を躱している。
「成程、第六天結界で私の結界を中和し、他の火力をぶつける作戦ですか……素晴らしい作戦です。このままではやられてしまうかも?」
「かもじゃなくて……」
「やられるのよ!!」
人形の後を追うように、ティアとエルはそれぞれ魔獣の眠るガラスシリンダーを蹴って足場にし、上空にいるゲンブへと迫る。
「うひぃ、怖い怖い……でも、私もただではやられませんよ?」
人形が指を鳴らすのと同時に、再びスポットライトから熱線が照射され始める。ティアは結界で、エルは空中で身を逸らしてそれを躱すが、一旦は迎撃を止めて床に降り立った。
その後も、熱線が空間に降り注ぎ続ける。ソフィアが危ないか――今度はソフィアを抱きかかえて移動しようと思ったが、その必要はなさそうだ。少女の顔色は白いものの、いつもの強い瞳で天井に向けて魔法杖を構えているのだから。
「第五階層魔術弾装填! ファランクスボルト!!」
杖から拡散する稲妻が走ると、寸分の狂いもなく照明を撃ちぬいていき――天井にあったスポットライトが全て割られた。空間が一瞬真っ暗になるが、それもソフィアに打開策があるのだろう。
「第二階層魔術弾装填、光、強化、ハイ・ライト!」
少女の声が聞こえるのと同時に、空間の中心に巨大な光球が現れた。むしろ、先ほどより明るくなったと言っていいくらいである。
「ほほう、ソフィア様も中々の胆力をお持ちで……いえ、違いますね。アナタの精神には、何度も改竄した形跡がある……今は畏敬の影響が弱く設定されているようですね。それで私の不完全な畏怖は解くことができたということですか」
人形は、上空から少女を品定めするようにじっと見つめている。
「ですが結局、アナタは創造神の操り人形であることに変わりはありません。その知恵、その思考、その精神……全てが一流であっても、所詮アナタは神の摂理に抗うことは出来ない。つまり、私にとってどうでもよい相手なのですよ、アナタは。ですから……」
ゲンブの声に合わせて、今度は地鳴りのようなものがし始める――いや、床を走る太い配線が蠢きだしているのだ。
「ここで死んでいただいても、全く問題はないという事です!」
金属製の配線が、鞭のようにしなって少女の体を襲う。なんとか助けられないか――だが、そんな心配は杞憂だった。ソフィアが杖の底で床を叩くと蒼い波が立ち上がり、その衝撃が配線群を弾き返していた。
「アナタの評価など知りません……私は、人類に仇なす者を倒すだけ。アナタが魔王に加担するというのなら、アナタは私の敵です」
「ははは、素晴らしい教育を受けて育ったようで……その忠誠心に、神々も満足していることでしょう」
喋っている間も、ゲンブによる攻撃は――辺りの物を自在に動かし、こちらにぶつけてくる――止まらない。
「さて、私にできるのはこんなことくらいですが……ですが、アナタ方をここに釘付けにするくらいなら、訳ないことです」
しばらくの間、戦闘が続く。敵が放ってくる障害物を、魔術と結界と重力波で弾く。もちろん、質量の軽いものは、投擲でも何とかなるので、自分も幾分か参加は出来ている。
攻撃をいなすのはそう難しいことではないが、逆にこちらの攻撃も上空に居る相手には届きにくい。物理組は近づく前に障害物に阻まれ、ソフィアの魔術は相手の結界に弾かれて終わっている。
なんだか、自分の直感が、このままではマズいと告げている。相手の手のひらで泳がされているような感覚――事実、延々と時間稼ぎをされてしまっている。この悪循環を打破するためには、強力な一撃を打ち込むしかない。




