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3-28:古の神 下

「ははは、成程、成程……まぁ、概ね何者であるかは見当はついています。ただ、何が目的かまでは分かりかねますが」


 自分が何者かに気付いているというのは、果たして真実なのか、ハッタリなのか。もしコイツがこの世界に生まれ落ちた者――人形に生まれるも変な話だが――ならば、勇者以外に異世界からの来訪者がいるとは中々思い浮かびにくそうなものではあるが。事実、聡いソフィアですら、こちらから話すまでは、自分が転生者だとは露とも思っていなかったのだから。


 しかし、それでもコイツは、自分が転生者であると理解している――自分の直感がそう言っている。転生者とまでは分かっていなくとも、創造の七柱神が、何某かのテコ入れを行ったとまでは読んでいる気がする。


 ゲンブにも分からないのは、どうして女神が自分をこの暗黒大陸に放り込んだかだろう。テコ入れするのならば、勇者級に強力な者を投入したほうがいいはずだから。女神の意図は、自分にすら未だに分かっていないのだから、答えようもない。


 そんな風に思っている傍らで、ソフィアの横にクラウが並んだ。しかし、顔色が少し悪い――何か気がかりでもあるのか。まぁ、こんな胡散臭い奴と対峙しているのだから、気分が悪くなるのも仕方ないことか。


「私からも質問があります。アナタ、先ほど七星結界を出していましたね……アレは、女神ルーナやレムなど、神格が無ければ出せない結界のはず。アナタは、それを何故出せたのですか?」

「ふふふ、神、神ねぇ……話をずらすようで悪いですが、神とは一体何なのでしょう?」


 その質問は、自分にとってはピンとこないものだった。記憶がないせいもあるが、前世では神というものはあくまでも概念の一つで、自分の日常に近いものでないはずだったからである。


 それは、逆を言えば、少女たちには違って感ぜられるはず――街の中心に教会があり、神が居ることを疑いもしないで生活が営まれている世界。そして、神の奇跡が平然と目に見える形で存在する世界。そこで生まれ育った者たちにとっては、神というのは身近な存在であると同時に、畏敬の対象であるに違いない。


「アナタ達は、今こんな風に思っている……自分たちを創りしもの、自分たちを見守るもの、そして自分たちの力の及ばぬもの……人の言葉で説明しきれぬ、高尚なるもの、絶対のもの」


 なるほど、ゲンブの言語化はなかなか的を射ている気がする。自分と彼女たちとの一番の違いはそこだろう。自分の倫理観で言えば、種の起源は完全には分かっていなかったものの、科学によっていつかは自明とされるものと信じられるくらいに学問が発達していたのだ。


 要は、前世的な考えで言えば、生物を作った絶対者は存在しない。もし仮に上位存在が居たとしても、それすらもいつか科学が立証する――そんな奇妙な確信があった。


 対して、この子たちにとっては、神は絶対の存在だ。そして、自分たちのあずかり知らないところで、何かを画策し、及ばない力を持っている――恐れ敬う対象になるのも納得か。


 こちらの推測を他所に、人形の口がカタカタと鳴り続ける。


「しかし、それは逆を言えば、その摂理が理解できた瞬間、神はアナタ達と同じ所まで落ちる……語りえるモノは自らの枠を超えた超越者たりえない。アナタ達が信仰する、七柱の創造神も同じことです」


 そう、今は語りえなくとも、いつか語りえる存在になる――だから前世では、信仰が当たり前の世界ではなかった。


 しかし、コイツは何が言いたいのか。クラウの質問を煙に巻いているだけでは――そう思った瞬間、ソフィアが訝しむ表情で人形を見つめた。


「……こう言いたいのですか。アナタは七柱の創造神と同じだけの摂理を知っている……つまり、七柱の創造神と同格であると」


 確かに、それなら神しか使えないという結界が使えてもおかしくないのか。その証拠に、ゲンブは正解と言わんばかり、再びソフィアに拍手を送っている。


「はい、ソフィア様はご理解が早くて助かります。私は、七柱の創造神に滅ぼされたと言われている古の神……いいえ、神など騙るのもおこがましい。まぁ、今はこんな人形に身をやつしていますが、元々はアナタ方とそう変わらない生物であったと言っておきます」


 それが事実だとするなら――いけない、コイツの言う事を信頼してはダメだ。一瞬、吞まれかけていた。全くがでたらめかもしれないのに、なぜか言っていることに理があるような気がして、納得しかけていた。


 こちらが首を振って自分に喝を入れなおすのと同時に、人形の口が再び動き出す。


「さて、ソフィア様のご質問にお答えしましょう……私の目的についてです。それは、アナタ方が七柱の創造神と呼ぶ者たちに対する者たちの、野望を止めに来たのです。

 彼らは、この宇宙の均衡を崩しかねない実験を行っている……創造神達は、彼らが主神と呼んでいるものを、語りえる所まで落とし込もうとしているのです。それを阻止しに、この世界に舞い降りました。そしてその協力者として、魔王ブラッドベリを選んだ……だから、私はここにいるのですよ」


 ゲンブが連ねる名詞の抽象度が高く、結局何が言いたいのかは良く分からないが――ひとまず、コイツはレムたちと敵対する勢力だという事、そしてそのために魔族と手を組んだ、それだけは分かった。 


「……アナタの言う事を鵜呑みにする訳ではありませんが、仮に古の神だというのなら、どいうしてこのタイミングなのですか?」


 ソフィアの疑問は最もらしくはある。まぁ、結局、魔王がいるタイミングが最もコイツにとって都合が良かったと言えばそれまでなのだろうが――それでも確かに、なぜもっと早くなかったのか、この世界が出来て、人類の文化が発展して三千年とレムが言っていたことを思い出せば、これより以前のタイミングでなかった理由は確かに気になる。


「それに関しては、私も苦労しましてですね……アナタ達の神話で語られる旧世界から創造神達を追うのに、実に一万年近い時間が掛かりまして……」


 人形の答えは、想像していたよりもスケールが大きかった。古の神々との戦いも、三千年前からそれよりせいぜい数百年と思っていたが――実際には、この惑星に文化が芽吹くまで、七千年程度の期間が開いていたことになるのか。


「そう、私はこの時を一万年待ったのです……僅かに生き残った者の義務として、散っていった同胞たちの無念を晴らさなければならないのです」


 ゲンブの声は、今までの中で一番低いものだった。静かな中にも、熱く燃え滾る炎を宿している――そんな雰囲気。


「……なんだ、大層な御託を並べておきながら、結局は復讐じゃねぇか」

「えぇ、否定はしませんよアラン様。ですが、復讐心というのは、何物にも代えがたい原動力になる……そうでしょう? エリザベート・フォン・ハインライン」


 人形はこちらから視線を外し、ソフィアの奥でずっと剣の柄に手をかけていたエルの方へと向かう。


「アナタの正体が分かっただけでも、改造魔獣を失った成果があったと言えます……アナタは養父をエルフに殺された、違いますか?」

「……何故、アナタがそれを知っているの?」


 問い返すエルの声もまた低い――それは、この相手に何かを感じ取っているから。そして人形の口が開いた瞬間、何が起こるのかも予想できる。


「簡単なことです……テオドール・フォン・ハインラインの暗殺を指示したのが、私だからです」

「……貴様ッ!!」


 エルは真紅の刃を抜き、一足飛びで人形が鎮座する椅子まで詰めた。炎を纏って走る上段からの剣撃は、相手の結界に阻まれてしまう。


 しかし、エルは弾かれることなく、剣を陣に押し付けており――その背中からは、鬼気迫るものを感じる。執念で相手を逃すまいとしているのだ。


 対する人形は、相変わらずの無表情だが、なんだか少し楽しそうに口を動かし始めた。


「ちょっと興が乗って、余計なことまで話してしまいましたかね……しかし、私としては、アナタが生きているのも計算外だった。本当は、テオドールとエリザベート、両名の暗殺を依頼したのですから……ともかく……」


 その瞬間、人形の雰囲気が変わる――ここまではどことなく胡散臭いだけの何かだったのが、急に圧倒的な気迫を出してこちらに押し付けてくる。とはいえ、怯むほどではない。エルに続いて戦闘態勢に入れるように、袖からナイフを一本取り出して身構える。


「あの日の彼の判断が過ちでなかったのか、少し試させてもらいますよ」


 人形の瞳孔が動き回り、瞳全体が白く光り出す。アレは、何かマズイ気がする――しかし、その瞳から目を逸らすことは出来ない。


『アランさん!』


 一瞬、脳内にレムの声が響く――そして、ゲンブがこちらへ向かって気迫をぶつけてくる。エルは変わらずに剣を結界に叩きつけているが――異変は、黒衣の剣士以外の所で起こった。


「くっ……!」

「うぅ……!」

「ソフィア、クラウ!? ……くっ!」


 苦しむ様な声に反応すると、左のソフィア、右のクラウがそれぞれ跪いて体を震わせている。同時に、二人ほどではないものの、自分も幾分か気分が悪くなり――吐きそうな心地がする。しかし、耐えられないほどではない。


 何か、催眠の様な攻撃が行われたのか――しかし、エルもそれに巻き込まれていたはず。彼女だけはその力を緩めず、人形を断ち切らんと結界の前で踏ん張っている。むしろ催眠のような攻撃なら、スペルユーザーの二人のほうが抵抗がありそうな印象があるが。


 視線を敵に戻すと、人形の瞳が再びガラスに戻り、ゲンブは分かったように首を鳴らして縦に振った。


「ふむ……やはり、あの日の彼の判断は間違いだった」


 臨戦態勢に入っていたおかげで、微細な空気の変化にも気付くことが出来た。僅かに天井の方で何かが動いている――スポットライトが四つほど、その首を動かし、明かりをエルの方に向けているのだ。そして、人形のあの気配――。


「エル! 跳べ!!」


 マズいと思うと同時に、自分の口が勝手に動いていた。エルもこちらの声に体を反応させ、すぐにこちら側に戻るように跳躍した。剣士が跳んだのと同時に、エルが立っていた箇所に熱線が四本集まり、床を焼きだす。かなりの高熱なのだろう、床の機材が簡単に溶けて煙を上げていた。


「おや、バレてしまいましたか……それにしてもアラン様、アナタは本当に微細な気配ですらかぎ取るのですね……まるで、野生の獣のようだ」


 相手の言葉に対しては、投擲でお返ししようとする。しかし、体が思うように動かない――なんとか気合を入れて、敵をめがけて一本の短剣を投げる。思ったように狙いはつけられなかったが、脇辺りに当たる軌道――しかし、人形の前に現れた結界により、投げたナイフは無様に弾かれてしまった。


「危ない危ない。止めてください、荒事は苦手なんですよ」

「減らない口だ、そっちから仕掛けてきたんだろうが……テメェ、何をした?」


 未だ跪いているソフィアとクラウに目を向ける。二人とも呼吸は荒く――とくにクラウが酷く、その身を抱いて震えていた。


「……簡単なことです。私が、七柱の創造神と同格である証明……もしアナタ達が何かの目的のために道具を作り上げるとするなら、どうしますか? 普通なら……安全装置をつけると思いますよ」


 口調こそ淡々としているが、ゲンブは徐々に殺気を強めてきている。


「まぁ、私は七柱の仇敵ですし、この身は仮初の体ですから、完全にはいきませんでしたが。しかし、この世界に後から造られた生物たちは、みな一様に……人間、家畜、魔族の区別なしに……我々最後の世代に歯向かえないようになっているのです。アナタたち、アシモフの子供たちは、特別な処置が為されていない限りには、ね。

 そして、やはり私の推測は正しかった。エリザベート・フォン・ハインライン……他の者は逃げても構いませんが、アナタだけはここで死んでいただきます」


 人形が右手を掲げると、上部のスポットライトがガチャガチャと動き始めた。

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