05.別人
「凛々ちゃん……本当にここで?」
「えぇ、勿論。二ヶ月間、毎日フルで出勤していたら、昨日返済を完了したわ。今は引っ越す資金を貯めているとこよ」
「返済完了……って本当に?」
「お陰様で稼がせてもらったわ」
「あー……どうなってんだよ」
凛々はポケットから煙草を取り出して俺の口元へ。
そして慣れた様子でライターで火をつけた。
表情や行動から、したい事を先回りしているようにも見える。
「それに、朝から晩までボロ雑巾のように働いて返してたって仕方ないでしょう?効率が悪いもの」
「だが、それは……」
「貴方は私が水商売をする事を望まなかった。それは私が他の男の目に晒されるのが嫌だったから。他の男に取られたくなかったから………違う?」
「…っ!!」
「……それに何度かアルバイト先をクビになったのも、貴方が私に近付く男に嫉妬して色々と手を出したからでしょう?」
「なっ……」
「だから貴方の邪魔が入る前に私は逃げたの……分かる?田中さん」
「……」
凛々はニッコリと微笑んだ。
「そして貴方の父親に話をつけて、貴方が把握していない店を紹介してもらったの。残りの五百万、全額返済したわ」
「なん、だと……!?」
「だからもう、貴方と会う必要もないと思って……その様子だと、なにも聞いてないのね」
「ああ……聞いてねぇ」
「でも二ヶ月で探し出すなんて、なかなかやるわね」
「……」
「そんなに私の事が好きなの?」
「ばっ……!」
「そうなんすよねー!兄貴ってば、ずっと凛々ちゃっ…」
「ヤス、テメェ……!」
「あ、ミズキちゃんって子、とっても可愛いねー!僕、すっごくタイプかも」
背を向けて、ヤスは冊子を広げて女の子を選び始める。
苛々した様子で大きく息を吸って、煙を吐き出した。
凛々は前に素早く灰皿を置いた。
そしてヤスに肩を寄せると写真を見て指をさす。
「そうね……ヤスさんの好みだったらこっちの子の方がオススメよ、どうかしら?」
「マジっすか……!」
「えぇ、マジよ」
「兄貴ッ!!!」
「………好きにしろ」
「わーい!やったぁ」
「延長お願いしますね、沢山話しましょう?田中さん」
「ああ……今までの事、洗いざらい吐いてもらおうか」
「うふふ、秘密」
凛々はグラスを傾けながら、横目でリュウを見る。
「お前は……誰だ」
「あら、誰に見えるの?」
「…………」
「田中さんは今日もお気に入りのスカジャンを着てきたのね?その理由は、私が"似合ってる"って言ったからかしら」
「……!?」
二ヶ月前の凛々と、いま目の前にいる凛々が同一人物だとは思えなかった。
(誰がどう見たって別人だ……)
しかし、前の凛々が作り上げていたとも思えなかった。
一先ず、借金を返し終わったという事は凛々の言う通り、もう関係が無くなるということだ。
タバコを灰皿に押し付けた。
「チッ……これからどうするんだよ」
「地獄に落としたい人が色んな世界にいるのよ……」
「色んな世界…?それは、お前の両親のことか?」
「………えぇ、それもあるわ。でも、それはまだ先のお楽しみよ?今は私の代わりに頑張ってくれている子がいるの」
「?」
「だけど……もうすぐ、私の願いは叶いそうなの」
「………」
「本当、馬鹿ばっかりで嫌になるわ」
「……何の話を」
「まぁ、一番馬鹿なのは私だけどね」
凛々は真っ赤な唇を歪めた。
「おい、ちゃんと説明しろよ……!」
「嫌よ」
「………テメェ」
ーーバンっ!!
凛々を閉じ込めるように腕を突いた。
ヤスとキャストが驚いて此方を見ているが、凛々はひらひらと手を振って大丈夫だと伝える。
「まぁ……積極的ね、田中さん」
凛々は人差し指で唇をなぞる。
「お前の……願いは何だ」
「……私の願い?」
凛々の表情が僅かに強張ったのを見逃さなかった。