03.惚れた相手
「もしもし、親父……天野の娘の件だが」
『あぁ?ケツ持ちしてる店にぶち込んだかぁ?』
「俺が……預かってもいいか?」
『何言ってんだ、テメェ』
「……俺が、様子見てぇんだよ。気になるんだ」
『………』
「頼む」
『ハハッ、珍しい事もあるじゃねぇか!!まさか惚れたか?そんなくだらねぇこたぁ言わねぇよな?』
「ばっ……言わねぇよ!!ただちょっと、ほら…気になっただけだッ」
『ふっ………そうかい。その代わりテメェが責任取れよ??』
「分かってる」
そう言うと、電話はすぐに切れた。
「チッ、クソ親父が……」
「兄貴、電話終わりやした?俺が店に連れてきましょうか?」
「連れてかねぇ」
「へっ!?……はいッ!?」
「ヤス、今日から天野の娘を見張っとけ」
「……もしかして兄貴ってば、ホレッーーブッ!?」
「どいつもこいつも、違ぇって言ってんだろーが!!クソが」
ヤスにその場を任せて歩き出した。
そしてその次の日から凛々の借金返済の日々が始まった。
朝から晩まで働く凛々の姿。
そしてリリの元に足を運べない日にはヤスに見張らせていた。
ヤスは「水商売の方が手っ取り早くないですか?凛々ちゃんの為にも…」と言ったが、凛々を夜の世界に行かせるのは気が引けた。
(こんなの俺らしくねぇ……)
凛々がちゃんと生きてるか心配で、毎日電話を掛けて生存確認をしていた。
寒い日には震えている凛々に「お下がりだ」と言ってスカジャンを渡した事もあった。
女に何かをプレゼントをしたのは初めてだった。
偶には玄関先に弁当をぶら下げてみたりと、凛々を気にかけていた。
すると「ありがとうございます、美味しかったです」と書かれたメモが貼られていた。
嬉しくて凛々の元へ行くと「田中さん、そのスカジャン似合ってますね!かっこいいです」と言ったのだ。
今ではそのスカジャンは一番のお気に入りだ。
いつものように凛々の家を訪ねると、倒れるように寝ていることもあった。
凛々を布団に運んで毛布を掛けた。
それでも凛々は此方を頼ったりはしなかった。
泣き言ひとつ言わない凛々に尋ねたことがあった。
「……辛くないのか?」
「?」
「親の所為だろう!?テメェがこんな目に合ってんのはッ!!」
「そうですね。借金を返すのは大変ですし、辛いこともありますが………でも借りたものはキチンと返します」
「………お前、なかなか筋通ってんな」
「はい」
ヘラリと笑った凛々に苛々するのを抑えていた。
(俺が……凛々を特別扱いしているのに気付いている筈だろう!?利用すりゃあいいのに!)
「何でお前は俺を頼らねぇんだよ……!」
「え…?」
「っ、借金を減らせって頼めばいいんじゃねぇのかよ!?」
「なら、お言葉に甘えて金利を……」
「どうして何も言わねぇんだよッ!?」
「あの……田中さん、金利を…!」
その時、初めて気づいたのだ。
凛々が頼るのをずっと待っていたのだと…。
思わず飛び出した本音に口元を押さえた。
口元を押さえているのを見た凛々は袋を用意して待機するが、ギロリと睨まれてしまった為に袋をそっと仕舞う。
「で、でも……田中さんとヤスさんが、毎日話しかけてくれるので元気が出ます」
「!!」
「あと焼肉弁当がすごく美味しかったので是非また……」
「……」
「あの………田中さん?」
凛々を見つめたまま固まっていた。
頭の中では「田中さんが話しかけてくれると元気が出ます」という脳内変換された言葉が繰り返し響いていた。
「……」
「もしもし、聞いてますか?おーい」
「……」
「田中さん、大丈夫ですか?」
「…………惚れた」
「え……?」
珍しくボソリと小さな声で呟いたリュウの言葉を聞き逃してしまった。
首を傾げていると、頬をほんのりと染めたリュウが足早に去っていった。
「金利……下げてくれないかな」
ポツリと呟いた言葉は静かな部屋に響いた。