02.出会い
(*この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません)
「ーーリュウの兄貴ッ!たっ、たいへ」
「うるっせぇな!!今、新しいスカジャン選んでんだろーが!!」
「凛々ちゃんが"似合ってますね、田中さん"って言ったからって、ずっとそのスカジャン着てますッーーグハッ!?」
「だからぁ、照れるからその話すんじぇねぇ!!」
「兄貴……そのすぐに手を出す癖、直りませんか?凛々ちゃんが"暴力的な人は苦手です"って、この間言ってました」
「…………。マジか」
「マジです…………たぶん」
「ヤス……今度、俺が誰かを殴ったら殴ってくれ!!!」
「無理です」
「何故だ」
「親父さんと姐さんに縊り殺されるからです」
「あ?意味わかんねぇ事を言うなハゲ」
「……」
「それより何か言おうとしてたな、なんだ?」
「っ、凛々ちゃんが……!」
「凛々が何だ」
「行方不ふッ…ーーグハッ」
「テメェ、ヤスゥ!!!そういう大事な事は早く言えッ」
「……はい(殴んないって言ったのに)」
「行くぞッ!!さっさとしろや、ゴラァ」
「はぁい」
車に乗り込んでから凛々のアパートに急いだ。
いつものように軋む階段を上がって一番端の部屋のドアの前へと向かう。
「う、嘘だろ……」
粗大ゴミのシールが貼られた家具。
恐る恐るドアが開く。
空になった部屋の中。
元々最低限の物しか置いていなかったが、要らないものは全てゴミ袋の中に入れられているようだった。
「凛々ちゃん、もしかして夜逃……っ」
「んな訳ねぇだろ!!凛々はそんな女じゃねぇッ」
「でも兄貴……」
リュウは酷く動揺しているようだった。
そんなリュウに今日の出来事を話した。
リュウから凛々が安全に健やかに暮らせるように陰ながら護衛するように言われていた為、いつものように凛々の元へと向かった。
いつまで待っても凛々は部屋から出て来ず、部屋はもぬけの殻。
リュウの元に急いできたという訳だ。
「………絶対、違ぇんだよ」
そんな過保護過ぎるリュウが凛々に惚れ込んでから、かれこれもう五年の月日が経とうとしていた。
元はと言えば、凛々の両親がリュウの父親の事務所で借金したのが原因である。
膨大な金利で借金は減るどころか増えていく。
取り立てが激しくなっていくと、両親は高校を卒業したばかりの凛々を置き去りにして逃げたのだ。
まるで、凛々を売り渡すから見逃してくれと言わんばかりに。
リュウは制服姿で一人、ダイニングテーブルに腰をかけながらボーっと何かを考え込んでいる凛々の姿を壁に寄り掛かりながら見ていた。
「……」
「……」
見慣れた光景、こんな事は日常茶飯事だ。
凛々のような境遇に置かれている女は特段珍しくもない。
さっさと自分の仕事を終わらせて帰るかと凛々の座る椅子の前に腰掛けた。
凛々はハッ…とした後、困ったように微笑んだ。
「両親が申し訳ありませんでした。借りたお金は必ずお返しします」
「……」
そう言って当たり前のように頭を下げたのだ。
その言葉と凛々の行動に目を見開いた。
逃げる訳でも、怯えるわけでもない。
ベソベソと泣きながら「見逃して」「助けて」と媚びることもなかった。
(親に売られたんだぞ……?何だ、コイツ)
真摯に借金と向き合おうとする凛々の姿に胸を打たれたのだ。
『適当に沈めておけ……若いから金になる』
凛々のこの態度を見るまでは、そのつもりだった。
女で若ければ尚更、使い道は決まっている。
しかしあまりに健気で度胸の据わった凛々の様子にそんな気にはなれなかった。
(………沈めんのは、勿体ねぇな)
そんな事を思ったのは生まれて初めてだった。
両親に裏切られた凛々は、きっと膨大な金利も残酷な現実も知らないのだろう。
立ち上がり、外に出てからスマホを手に取った。
煙草を咥えて火をつけた後、ゆっくりと煙を吐き出した。




