番外編(1) 01.下らない人生
(*この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません)
ーーー下らない人生だと思った。
良い子にしていても愛されない。
どんな高額なプレゼントを貰ったって満たされない。
誰かを助けたって報われない。
心から愛そうと決めたところで、その男は別の女に夢中で見向きもしない。
そして最後は牢の中……たった一人で死んでいく。
(ああ、なんて滑稽なの……)
せめて、あのペンダントを手に持ったまま死にたかった。
あの赤い石を眺めていると心が落ちついて素直になれた。
侯爵家に来てから、いつも祈っていた。
(………幸せになりたい)
舌打ちをしたとしても、コルセットの締め付けは緩まらない。
(最後まで誰かに縋ったりしない。惨めったらしく助けを求めるなんて……笑えるわ)
そのまま静かに目を閉じた。
その時に見た夢は見たことのない知らない世界で、女性がボロボロになって、色んな職場を転々としながら懸命に働いている姿……。
(何……変な夢。不器用なのね)
両親が蒸発して取り残された少女。
なんて不憫なのだろうと思うのと同時に、恵まれない状況下で懸命に頑張り続ける女性に共感を覚えた。
(………誰も、助けてくれない)
疲れ果てて玄関に倒れ込む女性を見た後に、意識が暗闇に落ちていった。
*
(……寒い、地下室ってこんなに肌寒いのね)
目を開くと何故か牢の中に居るはずなのに、明かりが見える。
(誰かいるのかしら…?)
ぼやけた視界で起き上がる。
しかし、すぐに違和感に気付いて腹部を押さえた。
「ーーーッ!?」
(コルセットがない……っ!?)
見たことが無いのに見たことがある部屋。
知るはずがないのに、全てを理解している不思議な感覚……。
足は冷えきっていた。
部屋の中をゆっくりと見渡した。
(裸足……どこかの物置かと思ったけど、この子の部屋なのね。ここは賃貸アパート……アルバイトに行かなきゃいけない?)
頭の中にポンポンと浮かぶ名前。
(わたくしは……)
「……凛々?天野 凛々」
座り込んで目を閉じてから暫く考え込んでいた。
「ふーん……」
両親の借金を返す為に高校を卒業してから、朝から夜まで働き通し。
恋人や婚約者は居ない。
(……減らない借金、こんな方法でちまちま返していたら減る訳ないじゃない)
凛々の元に借金の取り立ての名目で、会いにくる男が居る。
(いつも"田中さん"って呼んでいた男が居るのね……この男の女になれば借金をチャラにしてくれそうだけど。鈍いのかしら、凛々は)
凛々の記憶には、いつも"田中さん"が居る。
紺色の布地に虎と竜が描かれているスカジャンがお気に入り。
金色の髪に耳に無数のピアス穴と、鎖のようなゴツゴツとしたアクセサリー。
鋭い目付きと迫力は、あの騎士によく似ているような気がした。
(ユリシーズ・マクロネ……)
正義感が強く、本質を見極めようといつも此方を注視していた。
同じ孤児院から引き取られた養子な筈なのに、ユリシーズを見ていると自分が汚れた存在に思えた。
ジゼル・マクロネもそうだった。
キラキラと輝くような笑顔を向けて、噂に関係なく普通に話しかけていた。
(あの人達だったら、わたくしに力を貸してくれたのかしら……なんてね。甘い幻想だわ)
溜息を吐いた。
側に置いてあるのは短期高収入の求人冊子。
手元にあるスマホでネットを開けば、高収入の文字が並ぶ。
同じ時間を使うのなら、多く金を貰えた方がいいだろう。
早朝と深夜は多く金が貰える。
だから凛々は不規則な生活を強いられている。
徐に立ち上がり、洗面台に向かった。
鏡に映るのは、細く貧相な体。
ガサガサの手と唇、手入れが行き届いていない髪。
栄養状態が良くないのか肌の状態も悪く、カサカサな皮膚が目についた。
(まぁまぁね……磨けば光るかしら)
とある電話番号に電話を掛ける。
「あ、もしもし……住み込みで働きたいの、いいかしら?」




