08.絶望的な牢屋ライフ(4)
そしてユリシーズの兄で、公爵家の嫡男であるエルマーは、王太子であるスペンサーや国王の護衛として働いており、次期騎士団長として重要な任務を任されている。
マクロネ公爵家には他に、この国の王太子であるスペンサーの婚約者であるジゼルという娘がいる。
アマリリスとジゼルは関わる機会も多かったが、気さくに声を掛けてくれるジゼルに、どう反応すればいいか分からないといった複雑な感情が心に浮かぶ。
ユリシーズもアマリリス同様、マクロネ公爵家に引き取られてた養子だと記憶にある。
恐らくユリシーズもアマリリスを嫌っているのだろう。
表情が固く、嫌悪感がありありと滲み出ている。
「………申し訳ありません、ユリシーズ様」
「……」
「あまりの解放感に嬉しくなってしまったのです…」
「……」
「わざとじゃありませんわ……ついです。つい」
「……」
アマリリスがユリシーズを苦手なもう一つの理由は、甘い顔に似合わない鋭い目付きと、何を考えているのか分からない無口なところ。
いくら百戦錬磨のアマリリスだとしても反応や返事が返ってこなければ、相手の気持ちを傾けることも惚れさせることも出来はしない。
ユリシーズは兎に角、無表情で淡々としていて反応が薄いのだ。
ユリシーズの何かを訴えかけるような鋭い視線に耐えきれなくなり場を繋ぐ為に慌てて口を開く。
「先程の騎士の方かと……まさか、ユリシーズ様だとは思わずに」
「……オマリは俺の部下だ」
「そ、そうですか」
どうやら先程の優しそうな騎士はオマリという名前でユリシーズの部下のようだ。
そのまま黙ってしまったユリシーズの言葉を待っていると…。
「………俺の部下に、手出しはさせない」
「はい……?」
「オマリを籠絡して牢を出るつもりだったのか…?」
「………」
どうやら先程の騎士を惚れさせて、牢から出ようとしていると思われているようだ。
(ドレスを脱ぐのを手伝ってって言ったから、そういう意味に取られたのかな)
確かに男性に「ドレスを脱がせて欲しい」と頼めば、そういう意味で取られてもおかしくはない。
アマリリスはずっと立場のある男性を上手く利用して社交界を渡り歩いてきた。
ユリシーズもそれを知っているから尚更そう思うのだろう。
(本当にドレスを脱ぎたかっただけで、決してそんなつもりではなかったのに……)
それに加えて、ユリシーズに抱きついて「神様、ありがとう」と言ってしまった。
それを聞くと、確かにユリシーズに媚びているようにも見えたのだろう。
ユリシーズの反応を見る限り、アマリリスのとった行動あまり良いものではなかったようだ。
「オマリの呼び掛けに、城の侍女は一人として頷かなかった……」
「え……?」
「アマリリス・リノヴェルタ……お前は皆に嫌われているのだな」
「……」
「……」
ユリシーズは随分とストレートな物言いをする男である。
なんとなくアマリリスが苦手な理由も分かったところで、どうやらアマリリスは城で働く侍女達ですら手を貸して貰えないほどに嫌われているらしい。
先程の騎士…オマリは着替えをお願いしようと、城の侍女にお願いして回ってくれたようだ。
声を掛けても誰も一緒に来てくれなかった為、困ってユリシーズに助けを求めたようだ。
しかし、今は嫌われているからどうしようと嘆いている場合ではない。
今後、この牢の中で生き残る為にやる事は沢山ある。
確認の為、ユリシーズに問いかける。
「では、わたくしはずっと誰にも世話をされないまま、ここで過ごさねばならないということですか?」
「………そうは言っていない。だが世話をする者が見つからないんだ」