69.後悔と償い(2)
挨拶を終えて暫く、ダンスの音楽が始まった。
始まりのダンスをスペンサーとジゼルが踊る。
ジゼルとスペンサーの優雅で息の合ったダンスに感動していた。
アマリリスと似たデザインのドレスを纏っているジゼルを見て、勘のいい者はもう気付いている事だろう。
そしてダンスが終わり注目が集まる中、ジゼルはスペンサーを連れて直様、此方に来てくれた。
そこで周囲に見せつけるようにして、ジゼルは手を握りながら嬉しそうに話してくれていた。
「アマリリス……少しだけいいだろうか」
エルマーに名前を呼ばれて振り向くと、そこには戸惑いながら胸を押さえるミッチェルの姿があった。
以前、ベッドに横たわり病的に痩せ細っていたミッチェルは、体の細さは残るものの今では随分と健康的に見えた。
(レシピ……使ってくれたんだ。良かった)
「アマリリス様、少しだけお時間宜しいでしょうか……?」
「……はい」
「エルマー様と両親から話は聞きました………っ、どうか、お父様とお母様の無礼をお許しくださいませ!」
ミッチェルは深々と頭を下げた。
(こんな公の場で……!)
止めようと声を掛けようとした時だった。
「アマリリス様は、もう私の顔も見たくないかもしれません。けれど……どうしても御礼を……っ、御礼を言わせて下さいませ」
ミッチェルとエルマーの少し後ろには、シルベルタ公爵と夫人の姿があった。
二人を見て体が強張った。
ユリシーズが手をそっと握ってくれた。
「兄上……」
「すまない、ユリシーズ……そしてアマリリス。ミッチェルが、恩人であるアマリリスに是非と」
「エルマー様は悪くないのですっ!私が無理矢理頼み込んで……!私は……こんな事でしか貴女に恩を返せる方法が思い浮かびませんでした」
「ミッチェル様…」
「お父様とお母様と沢山話し合いました。私が至らないばかりに皆様に迷惑ばかり掛けてしまって……っ!」
「………」
会場は静まり返っていた。
ジゼルもスペンサーも黙って成り行きを見つめている。
「アマリリス様、この度は本当にありがとうございました!私が健康を取り戻したのは全てアマリリス様のお陰です……ッ」
ミッチェルは体を震わせて、瞳一杯に涙を溜めている。
そっとミッチェルの手を握った。
「ミッチェル様………お顔を上げて下さい」
「……!!」
「元気になられて安心しました……また、新しいレシピを送りますね」
「本当に、ありがとうございます…!アマリリス様」
「……ありがとう、アマリリス」
エルマーとミッチェルの声は、会場に大きく響いていた。
ミッチェルの涙をハンカチで優しく拭った。
ミッチェルとエルマーが感謝を述べているその後ろ………少し離れた場所でシルベルタ公爵と公爵夫人が、人目を憚らずに深く深く此方に向かって頭を下げていた。
その異様な光景に、周囲からは戸惑いの声が上がる。
シルベルタ公爵と公爵夫人は、何も言う事なく、ただ黙って頭を下げ続けていた。
二人に向かって丁寧に会釈を返した。
以前の謝罪とは全く違うように思えたからだ。
この会場に居る者達の"アマリリス"を見る目は様変わりしていた。
いくら噂があったとしても、己の目で見てしまえば信じるしかないだろう。
それ程までに大きな影響を与えるマクロネ公爵家とシルベルタ公爵家。
そして王家の態度を見れば、誰も異を唱えることは出来ない。
アマリリスの変化は一目瞭然だった。
そして、悪女アマリリスの印象がガラリと変わった瞬間だった。
そんな時だった。




