63.苦しい胸の内(4)
ーーーそんな時だった。
「シルベルタ公爵ッ……勝手に屋敷を歩き回るなど、どういうつもりですか!?」
「こ、これは……」
「姉上と兄上が、御二人を見送った筈なのに馬車があるからと…!まさかと思って来てみたら…ッ」
「…ユリシーズ!」
「いくら付き合いが長いとはいえ、許される事ではありませんよ……!」
昔から付き合いの長いシルベルタ公爵家とマクロネ公爵家は、幼い頃から交流があったとエルマーに聞いた事があった。
ユリシーズの荒い息がこちらにも聞こえてくる。
どうやら急いで駆け付けてくれたようだ。
「これ以上、アマリリスを傷つけるのは止めて頂きたい」
「だから、謝りに………!」
「ミッチェル様の事情は兄上から聞いて分かっています」
「ならばっ!」
「ーーーけれど、最初にアマリリスを拒絶したのは貴方達だッ!!」
ユリシーズの言葉に……瞳からポロポロと涙が溢れた。
「アマリリスは貴方達と会いたくない、話をしたくないから部屋にいるのです」
「……ッ」
「今の誠意のかけらもない貴方達の謝罪など必要ない!!無理強いはやめて頂きたいッ!」
「しかし……っ!」
「貴女達は何も知らない……アマリリスのことを」
ユリシーズの声に心が震えるような気がした。
我慢していた涙は次々に溢れていく。
静かに肩を揺らしていた。
「お引き取り頂けますか?今すぐに…!」
ユリシーズの声に怒りが滲む。
そして、部屋から遠ざかっていく足音。
シルベルタ公爵達はマクロネ邸から去って行った。
ララカが心配そうに扉を叩く。
急いで目元を拭って鼻を啜った。
見送りから戻り、扉越しに申し訳なさそうにしているジゼルとエルマーに、部屋から出ると心配を掛けないように微笑んだ。
「……大丈夫ですから」
「っ……!」
ジゼルとエルマー、そしてユリシーズは此方の表情を見て、苦しそうに顔を歪めた。
ユリシーズは頬をそっとなぞった。
「無理に、笑わなくていい……」
「……え?」
「泣きたい時は、泣いていい……泣いていいんだ、アマリリス」
「…っ」
「皆、貴女を大切に思っているわ。だから、もっと頼って甘えて頂戴……?」
ジゼルの言葉に唇が震えた。
喉が締め付けられるように痛んだ。
ポロポロと涙を流すとジゼルは優しく抱きしめてくれた。
ユリシーズはその晩、部屋で手を握りずっと側に居てくれた。
初めての感覚にふわふわと体が浮いているような感じだった。
人の温かい体温はとても懐かしく感じた。
ユリシーズとの時間は、先程まで潰れそうだった心が穏やかになるような気がした。
ユリシーズが部屋に戻った後、涙を拭ってから紙を取り出して羽根ペンを動かした。
次の日、少し腫れぼったい目で、朝早く出掛けるエルマーとユリシーズの元へと向かった。
そしてエルマーに数枚のレシピが入った封筒を渡した。
エルマーは涙を滲ませながら手を握り「……ありがとう」と何度も何度も言った。
その後、ユリシーズに抱きついて胸元に顔を埋めた。
ユリシーズは受け入れるように、手を背に回して優しく頭を撫でた。
「ありがとう、アマリリス……」
その言葉に、目を閉じた。
今までの気持ちが報われるような気がした。
小さく頷くと、ユリシーズは赤く腫れた目にキスを落とした。
「……っ!」
「行ってくる………今日も沢山話そう」
「はい!」
「………アマリリス、お前を心から愛してる」
「わ、わたくしもですっ!」
ユリシーズは柔らかい笑みを浮かべて仕事へと向かった。
真っ赤になった顔を押さえながら、フラフラと部屋へと戻った。