62.苦しい胸の内(3)
ーーコンコンッ
扉をノックする音が聞こえて返事を返す。
「アマリリス、少しいい……?」
「ジゼル様、どうかしましたか?」
「シルベルタ公爵と夫人が、貴女にお話があるみたいで……謝罪を、したいそうなの」
その言葉に自然と顔から笑みが消えた。
気にしないようにしていても耳に残るのは、悪女として罵られたことと……食べ物を粗末にしたあの態度。
シルベルタ公爵達と顔を合わせる気にはなれなかった。
ミッチェルのことを考えると手を貸したい気もするが、あれだけ言われて笑顔で承諾する程、お人好しではない。
「あの日の事は、お兄様から全て聞いているわ……御免なさいね。答えは分かっているつもりよ。一応、用件だけは伝えようと思って」
「ごめんなさい……」
「貴女が謝る必要はないわ。公爵達が帰るまでの間、部屋に居てね」
「……はい」
ジゼルが去った後、暫くララカと話していた。
「……」
「アマリリス様…」
ララカは心配そうに此方を見つめた後、冷えた手を握り「温かいお茶でも飲みましょう」と、紅茶を取りに向かった。
暫く時間が経つと、再び扉をノックする音……。
しかし、部屋に入ってくる気配はない。
「ララカ……?」
ララカの名前を呼ぶが返事はない。
「……この間は、本当に申し訳なかった」
聞き覚えのある声に目を見開いた。
「私達は、貴女に酷いことを言ったわ…っ」
「どうしても、謝罪を…したくて」
恐らく部屋の前にいるのは、シルベルタ公爵と夫人だろう。
先程、返事をしたせいで部屋の中にいる事がバレてしまった。
「私達に会いたくないのは当然だと思うわ……この間、ドレスを汚してしまったお詫びに新しいドレスを持ってきたの」
「エルマーから詳しい事情を聞いて……とても後悔した。君が変わったと、噂で聞いていたが信じることが、出来なくてっ」
「ミッチェルがっ、貴女の作った料理をまた食べたいと言ったの……」
「痴がましいが、ミッチェルの為に力を貸してくれないか!?」
(どうして此処に……?)
どうやら近くにエルマーとジゼルは居ないようだ。
二人の話を黙って聞いていた。
エルマーとジゼルに「アマリリスに会わせる事は出来ない」とキッパリと断られたそうだ。
ミッチェルが関わっているのに、エルマーに断られるとは思わずに公爵達は驚いたそうだ。
そしてフランとヒートにも会う事を拒絶された。
「アマリリス様の許しがなければ絶対に力を貸さない」と。
それでも諦められなかった公爵達は……。
「申し訳なかった!!この通りだ…」
「本当に、御免なさいッ」
ドアの向こうから、悲痛な叫びが響いていた。
心が、容赦なく抉られるような気がした。
娘の為に、必死に頭を下げる公爵達を無視しているのだから。
(本当の、悪女みたい……)
「お願いよ…っ」
「君しか頼れないんだッ」
まるで、善意を試されるようだ。
延々と続く謝罪は胸に重く響いた。
「ミッチェルを、助けてくれ……!」
(助けて、か……)
苦しければ、当たり前のように手を差し伸べてもらえる。
代わりに誰かが守ってくれる。
(……羨ましいな)
その状況が前のアマリリスにとっても、前の世界の自分にとっても羨ましく感じた。
借金まみれの自分を助けてくれる人なんて居ない。
アマリリスだってそうだ。
味方も、守ってくれる人も居なかった。
そんな状態が続くと、次第に「助けて」と声を上げることをやめてしまう。
言っても無駄だと諦めてしまう。
その内、助けを求める方法すら分からなくなる。
一人で強く立っているようで、大丈夫なように見えて……足元は今にも崩れ落ちてしまいそうなのだ。




