60.苦しい胸の内(1)
「……ああ、ジゼルの言う通りだ。アマリリスがどういう経緯で料理をしてきたのか…それに殿下や陛下も口にしている事を伝えていれば……全て私のせいだ」
もう少し自分の立ち回りを変えていたのなら、こんな事にはならなかったかもしれないと後悔していた。
「アマリリスはマクロネ公爵家の為によく働いてくれている……それは褒められた行為ではないが、アマリリスは"マクロネ公爵家に恩を返したい"と口癖のように言っていた」
「……そうか。せめてユリシーズの許可を取るべきだった」
「本当にミッチェルの事となるとお兄様は別人よ!そういう所をお父様はいつも心配しているのよ?」
普段は騎士を率いて誰よりも冷静に対処出来る自信があるにも関わらず、愛が深すぎる故に、ミッチェルが関わると空回りしてしまう事が多々あった。
「ユリ、もっと怒っていいのよ?エルマーお兄様をボコボコにしたって……!」
「出来るのならそうしたい。兄上がミッチェル様を愛しているように、俺もアマリリスを想っている」
「……ユリシーズ」
「けれど、そうした所で何も変わるわけではない。アマリリスは、俺が兄上を責める事を望まないだろう」
「すまない……私は今からアマリリスの為に出来る限りのことをする」
拳を握り、瞼を固く閉じる事しか出来なかった。
起きた事はもう戻らない……それを知っているからこそ、少しでもアマリリスの為になるように動くべきだと思った。
「アマリリスは、まるで女神のように温かく優しく、ミッチェルに寄り添ってくれたんだ……」
「アマリリスが……?」
「今のアマリリスがアマリリスであることに変わりはないわ。けれど、心変わりをしたって、以前のイメージが足を引っ張ってしまう…」
「姉上のお陰で、大分アマリリスの良さが広まっている……なのに何故だ。まだ足りないのだろうか?」
「わたくし、もっと頑張るわ……こんなの悲しすぎるもの」
「姉上、ありがとうございます」
「でも、まだ誰かが意図的に悪い噂を流しているような気がするのよ……表舞台を退いたアマリリスがこんなに騒ぎ立てられるなんて」
「………まさか、あの女が?」
「可能性はあるかもしれないわ」
「……」
「わたくし達でアマリリスを守りましょう」
「ああ」
「勿論だ」
ーーー三人が話している頃
ベッドにうつ伏せになっていた。
シーツを握る手はブルブルと震え、力を込めすぎたせいで目は血走っていた。
(食べ物を投げ捨てるなんて……絶対に許さねぇ!!)
前の世界で食べ物の有り難みが嫌というほどに染み付いている為、シルベルタ公爵と夫人の対応はどうしても許せなかった。
いくら怒りを誤魔化そうとしても腹は立つ。
(食べ物を粗末にするなど、言語道断…ッ!)
怒りを抑える事に必死で、エルマーが必死で謝罪していたのに上手く受け止められなかった。
エルマーは相当、落ち込んでいるようだった。
(気に病んでいなければいいけど……)
フランとヒートに明日、改めて御礼を言いにいかなければならない。
ユリシーズとジゼルにも気を遣わせてしまっただろうか。
ララカの心配そうな顔が思い浮かぶ。
(ミッチェル様、全部食べてくれたのは良かったけれど……)
シルベルタ公爵家の料理人達は、遠くからフランとヒートと共に料理を作る様子を見ていただけだった。
床にひっくり返した分と、再び部屋に運んだ分で鍋は空っぽ。
とてもレシピを覚えられる状況にはなかった。
シルベルタ公爵家に、メモ一つ残さなかった。
置いていったのは、作ったものをミッチェルが食べ切ったという事実のみ……。
それにあれだけ啖呵を切っておいて、ミッチェルの為にシルベルタ公爵邸に向かうわけにはいかない。