59.静かな怒りの矛先は(6)
「では、わたくしはこれで失礼致します」
「私も今日は帰らせてもらう……」
ミッチェルの体の細さに眉を顰めた。
かなり衰弱しているように見える。
(このままだと良くはない……でも)
フランとヒートに声を掛けた。
そして、公爵達の前で立ち止まる。
瞳に静かな怒りを宿したまま唇を開いた。
「今回はエルマー様とお世話になっているマクロネ公爵家の為に馳せ参じましたが、わたくしが今後シルベルタ公爵家に立ち入る事はありません」
「……!!」
「………ぁ」
「差し出がましいようですが、ミッチェル様には消化によく体を気遣う料理の方が宜しいかと……では、失礼いたします」
そう言い残して、背を向けてシルベルタ公爵邸を後にした。
馬車の中でエルマーは何度も頭を下げていた。
「自分の配慮が足りなかったせいで、すまない」と。
小さく首を横に振る事しか出来なかった。
エルマーには申し訳ないが、笑顔で話せる気分ではなかった。
屋敷でララカから事情を聞いたユリシーズとジゼルが心配そうに待っていた。
ぐちゃぐちゃの髪と濡れたドレスで帰宅したアマリリス。
酷く落ち込んだ様子のエルマーを見て、ジゼルは察したのだろう。
直ぐにララカを呼び、アマリリスの着替えと入浴を頼んだ。
アマリリスは静かに頭を下げてから、ララカに連れられてマクロネ邸に入った。
フランとヒートは我慢が爆発したのか、文句を言いながらドシドシと音を立てながら厨房へと向かった。
その後、アマリリスは部屋から出て来ることはなかった。
ララカも部屋から出されたそうだ。
申し訳なさそうにユリシーズの元へと報告に来た。
エルマーは頭を押さえながらユリシーズとジゼルに事情を説明していた。
「すまない!!!ミッチェルの事で頭がいっぱいになっていて、私が説明を疎かにしたばかりにこんな事にっ…!」
「……」
「アマリリス、傷ついたでしょうね……わたくしだったら、その場で殴り飛ばして屋敷ごと燃やして塵にしてやるわ」
「本当に……すまない」
「ミッチェルの事となると周りが見えなくなるのは相変わらずね………お兄様は馬鹿よ」
「…………返す言葉もない」
ここまで落ち込んだのは本当に久しぶりだった。
ミッチェルの為に快く頼みを聞き入れてくれたアマリリスが、容赦なく傷つけられた。
己の情けなさに落胆していた。
「アマリリスは冷静に対処していた…怖いくらいに」
「……リノヴェルタ侯爵家でも理不尽な扱いにずっと耐えていたようだ。それでだろう」
ユリシーズはアマリリスが受けていた扱い、そしてユリシーズがリノヴェルタ侯爵邸へ行った時のことを話した。
「……信じられない。家族だぞ?」
「あぁ…」
「それにルーシベルタも、結局牢から出るんでしょう?」
「ルーシベルタ?」
「アマリリスの元義弟……アマリリスを牢に追い込んだクソ野郎よ」
ジゼルがバンッとテーブルを叩く。
あまりの剣幕に黙り込んだ。
マクロネ公爵家で一番強いのはジゼルかもしれない。
「……何よりシャロンがルーシベルタを許すと言ったらしい」
「はぁッ!?アマリリスの時はそんな事言いもしなかったのに信じられないわ!何を考えているのかしら」
「アマリリスの味方は、あまりにも少ない」
「「……」」
沈黙が流れる中、静かに口を開いた。
「ミッチェルが、アマリリスの料理を全て食べきったんだ」
「……」
「だが……アマリリスは今後シルベルタ公爵邸には訪れることはないと言った」
「当然よ!作り方を知るフランもヒートもあの怒りっぷりですもの。相当よ!相当ッ」




