58.静かな怒りの矛先は(5)
せめてアマリリスの事を信頼して"家族"と庇ってくれたエルマーの為に出来る事を。
「フラン、ヒート……まだ料理の残りがあったでしょう?直ぐに持ってきて頂戴。料理人達に聞いて銀のお皿に替えてもらってね。毒味用のスプーンも二つお願い」
「ッ、嫌です!!」
「絶対に許さない……っ!」
「これ以上は我慢出来ません!!」
「フラン、ヒート……お願い」
その言葉にフランは唇を噛み、ヒートは涙を浮かべている。
そして、シルベルタ公爵達を血走った目で睨みつけながら厨房へと向かった。
「スープを拭うタオルをお願い致します」
侍女達が恐る恐るタオルを渡す。
誰もが自分の顔と服を拭うのだと思っていた。
けれど床に膝をついて、溢れた料理と割れた皿を拾い上げる。
静かな静かな部屋の中で……ひたすらミッチェルの部屋に溢れたスープと重湯を片付けていた。
トレイに全て載せてから「申し訳ありませんが、もう一つタオルをお借りしたいのですが、宜しいですか?」そう言って、侍女からタオルを受け取り自分の体と顔を拭う。
フランとヒートが再びミッチェルの部屋へと戻ってくる。
怒りは収まらないのかワゴンを運ぶ手は震えている。
そして公爵達に"どけ"と言わんばかりにワゴンを引きながらアマリリスの元へ向かう。
すぐに皿を持ち、スプーンで重湯を躊躇なく口へと運んで飲み込んだ。
次に、もう一つの野菜のスープを口に含んでから、シルベルタ公爵達に確認を取るように視線を向ける。
「………これで、宜しいでしょうか?」
静かに問いかけると、公爵達は小さく頷いた。
トレイをサイドテーブルに置くと、エルマーの隣に腰掛けてミッチェルの肩に手を添えてから優しく声を掛けた。
「こんにちは、ミッチェル様」
「ぁ、なたは……?」
ゆっくりと目を開いたミッチェルは先程の大きな音にも鈍く反応しただけだった。
「アマリリスと申します。ミッチェル様が食べやすいものを作って参りました。一口だけでも食べていただけませんか……?」
その言葉にミッチェルは僅かに首を縦に動かした。
エルマーにミッチェルを起こしてもらうように頼んでから、慣れた様子でナプキンをミッチェルの首元に置く。
そして重湯をミッチェルの口へと運ぶ。
ゴクリと喉が鳴る音がする。
「おい、しい……!」
「良かったですわ……栄養がたっぷりあるスープもあります。わたくしが心を込めて作りました」
「「……っ」」
心を込めて……その言葉はシルベルタ公爵達の心を抉る。
気まずそうに下向きに逸らされる視線。
ミッチェルの為に作った料理を問答無用でひっくり返したのだから…。
ミッチェルに確認を取りながら、慎重に口元に運んでいた。
介護施設で働いていた経験が生きて何よりである。
(圧迫感を与えないように、ゆっくりゆっくり…)
面白いように皿の中身が減っていく。
そして最後の一口をミッチェルの口に運ぶ。
空の皿を見て、ミッチェルは嬉しそうにしている。
部屋にいる侍女やシルベルタ公爵と夫人、エルマーも開いた口が塞がらなかった。
ミッチェルが皿を空にしたことなど、今まで一度も無かったからだ。
「ありがとう……アマリリス様。とても、美味し…かったわ」
「!!」
「お腹がビックリしていませんか?」
「ふふ、大丈夫…よ。こんなに食べられたのは、初めてだわ……」
「ミッチェル、ゆっくり休んでくれ」
「エルマー、様……アマリリス様、ありがとうございます」
ミッチェルは小さな声で御礼を言った後、すぐに瞼が落ちていった。




