55.静かな怒りの矛先は(2)
「その中にっ……体が弱く、食の細い人でも食べられる料理はあるのか?」
「体が、弱い……?」
眉を顰めて目の前にいるエルマーを見た。
どう見てもエルマーは、体が弱いとは思えない。
意味が分からずに思わず首を傾げた。
「どうなのだ……!アマリリスッ」
「勿論、ありますけど…」
その言葉を聞いたエルマーは、目を大きく見開いた。
次の瞬間、何の躊躇いもなく深く深く頭を下げたのだ。
「ーー!!?」
「アマリリス……!お願いだ」
「あの!エルマー様っ、何事ですか!?頭を上げてください……!」
慌ててエルマーに頭を上げるように頼む。
普段のエルマーからはかけ離れた姿に、屋敷で働く者たちも驚いているようだった。
「私にッ、力を貸してくれないか!!」
グンッと近付くエルマーの顔、思いきり握られた手。
あまりの必死な様子と勢いに腰をのけぞらせた。
「エ、エルマー様!詳しくお話を聞かせて頂けますか?」
そう言うと、エルマーは喜びに目を輝かせている。
「ッ、いいのか!?」
「わたくしが、お力になれればいいのですが…」
「あぁ………実は」
エルマーを安心させるように微笑むとポツリポツリと事情を話し始めた。
婚約者であるミッチェル・シルベルタは幼い頃から病弱だった。
ミッチェルは成長してからは病気は治ったものの、かなり食が細く、あまり食事を摂らないのですぐに体調を崩してしまうそうだ。
確かに牢に居た時から思っていたのだが、この国の料理はどれも油が多く使われていたり、それに合うようにパンが水分が足りなくてパサパサしている。
デザートも極端に甘くドロっとしたものばかりだった。
その濃厚さで、胃もたれしそうになる。
それがフランとヒートに手紙を書くキッカケだったそうだ。
ミッチェルの元へお見舞いに行くと、日に日に細くなり元気がなくなる姿に心配は募るばかり。
そんな時、スペンサーと共にミッドナイト王国に公務に向かわなければならなかった。
そこでスペンサーからバルドル城の食事が美味しくなったと聞いたエルマーは部下に頼んで、フランとヒートに連絡を取るように頼んだ。
そしてフランとヒートがアマリリスの元で働きたいとマクロネ公爵家へ向かった事を手紙で知ったのだった。
(アマリリスに頼めば、ミッチェルは……!でも、しかし……)
そう思ったがハーベイの婚約者になる前からアマリリスに苦手意識を持っていた。
きつい花の香りに派手な容姿……周囲には常に男の影があったからだそうだ。
直接関わることも少なかったが、悪い噂が絶えなかったらしい。
そんなアマリリスが、義理の弟であるユリシーズと結婚すると手紙で知ったエルマーは、目玉が飛び出てしまうかと思うほど驚いていたそうだ。
ジゼルからスペンサーに宛てられた手紙には、アマリリスの変貌ぶりやマクロネ公爵に気に入られた事。
今までの事情が簡単に書かれていたそうだ。
そして手紙の中のアマリリスとエルマーが知っているアマリリスの情報が違いすぎて、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
(実際に会って見なければ、何とも……)
もうすぐ公務が終わりバルバト王国へ帰れるという時に、ミッチェルの調子が頗る悪いとシルベルタ公爵から手紙が届いた。
食欲がなく、何も喉を通らないと……。
縋るような思いで、マクロネ邸に向かった。
しかし探し回るも使用人達の姿はない。
不思議に思っていると何処からか笑い声が聞こえてくる。
その声を頼りに慌てて中庭へと向かった。