54.静かな怒りの矛先は(1)
借金返しながら、ファミレス、居酒屋、レストラン……色々な職業を転々としていたせいか作れるようになったものは数知れず。
季節によって給金がいい職を探していた。
働きながら調理師免許を取得したお陰で飲食の厨房で働く事が出来た。
……なんて、言うこともできずに口籠る。
"働かないといけない"という固定観念が骨の髄まで染み付いており、常に何かしていないと落ち着かない。
それに刺繍やお茶をして時間を潰すのにも限界はある。
幼い頃から勉強やマナーを習得しているおかげで、貴族としてのマナーに困る事はない。
ユリシーズが「アマリリスならば何も問題はない」と言ったのは、この事だったようだ。
(暇なんだよねぇ……)
ユリシーズが仕事に行っている間、マクロネ公爵邸で働く人達に混ぜて貰って毎日を過ごす事で心の健康は保たれていた。
こうして此方の意向を汲んで、仲良くしてもらえる事はありがたいが、貴族の令嬢として褒められた行為ではない事は分かっていた。
王家のパーティーでユリシーズと共に出席するまでは、一人での外出も制限されている。
こうして何かをしていると、時間が過ぎるのがとても早いのだ。
そんな事を考えていると、前に大きな影が落ちる。
「…………こんなところで、何をしている」
地を這うような声が聞こえて、振り返るとマクロネ公爵同様、大柄で険しい顔をした男が立っていた。
ただ、その雰囲気はとても鋭くマクロネ公爵よりもずっとずっと重たいような気がした。
(山小屋で働いていた時に熊と対峙した事があったけど、それに匹敵する圧力を感じるわ……平常心、平常心)
ゴクリと生唾を飲み込む音が何処かから聞こえた。
「アマリリス……随分と雰囲気が変わったが、邸の者達と何をしている」
「……!」
「アマリリス様は……っ」
「口を慎め」
「!!」
「私は今、アマリリスに聞いているのだ」
ララカが直ぐさま庇おうとするが一刀両断である。
ララカを庇うように立ち上がり、頭を下げた。
「エルマー様、ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。アマリリスでございます」
「……」
「今は、料理人達と作ったお弁当を皆で食べておりました」
「屋敷で働く者達と何故そのような事をする?」
「わたくしが皆様に頼んだのです……皆が、わたくしの我儘を叶えてくださっているのですよ」
ビリビリと感じる圧を物ともせずに、柔らかく笑みを浮かべながら答えた。
一触即発の雰囲気に皆が息を呑んでいた。
エルマーの険しい表情は、此方を警戒しているようにも見えた。
「その箱に入っている奇怪な料理はなんだ」
「お弁当ですか?」
「弁当……その不思議な料理はスペンサー殿下や国王陛下が"美味い"と言っていたものか?」
「はい……恐らく」
スペンサーはこの国の王太子でジゼルの婚約者だ。
護衛をしている時にでも聞いたのだろうか。
「………見た事がないものばかりだ。食えるのか?」
エルマーが何を伝えたいのか分からずにキョトンとしていると、早く答えろと言わんばかりに刺すような視線が向けらる。
「はい。どれも栄養がありますし、食べ易いと評判ですが」
「それはッ美味いのか!?」
エルマーの迫力ある大きな声にゆっくりと頷いた。
(借金取りさんを思い出すなぁ……スカジャン着ていたら完璧なのに)
「おいッ!!聞いているのか……!?」
「はい、聞いておりますわ」
恐ろしい顔をしながら迫るエルマーにも平然と受け答え出来るのも田中さんのお陰だろう。
そしてこの後のエルマーの行動に驚く事となる。