43.二人の距離(5)
馬車に乗り込んでから、ユリシーズとずっと手を繋いでいた。
固くなってゴツゴツとした手の感触を確かめるように握り直した。
そして、安心感に目を閉じた。
ユリシーズの手を持ち上げて、徐に頬を寄せた。
以前の自分の手を思い出すからだろうか…。
だから、ユリシーズがその行動に顔を真っ赤にさせていた事なんて気付きもしなかったーー。
「大丈夫でしたか……?」
「……」
「ユリシーズ様…?」
「……!!な、んだ」
「あの人達に、何もされませんでしたか?」
その言葉を聞いたユリシーズの手に、僅かに力がこもる。
「それは……お前の方だろう?いつもああなのか」
「そうですね………ルーシベルタが生まれてからは、ずっとあんな感じですわ」
「……許せんな」
「そう言って頂けるだけで、少しだけ……報われるような気がします」
此方を気遣うようにそっと抱きしめてくれた。
そんなユリシーズの温かさに涙が溢れそうになった。
アマリリスの置かれた環境は、記憶にあるよりもずっとずっと辛いものだった。
体感してしまえば、喉と目の奥が熱く痛んだ。
暫くは互いの存在を確かめるように寄り添っていた。
ユリシーズは静かに問いかける。
「他の荷物はどこにある?御者に渡したのか?」
それを聞いて小さく首を振った。
「部屋の物は全て片付けられておりました……わたくしの部屋は物置きになっていましたから」
「!!」
「けれど……大切な物だけは取り戻す事ができました。ユリシーズ様が一緒についてきて下さったお陰です」
「…すまない」
顔を上げると、そこにはユリシーズの戸惑う顔があった。
ふとキラキラと不思議な程に光を反射するユリシーズの瞳が気になり、顔を覗き込んだ。
「……」
「……」
「あまり…………顔を近付けるな」
「あっ……申し訳ありません」
体を引いて距離を取った。
拒絶されてしまったと地味に落ち込んでいると…
「おま……お前の顔は、落ち、着かない」
「……?」
「その……綺麗すぎて」
その言葉に目を見開いた。
ユリシーズは照れながら褒めようとしてくれたのだろう。
拒絶された訳ではないようだ。
耳まで真っ赤なユリシーズが可愛く思えて微笑んだ。
ーーーそして
「でも、ユリシーズ様の方が綺麗ですよ」
「……」
「……あの」
「……」
褒めたつもりなのに、ユリシーズは氷のような視線を向けている。
(言葉の選択を間違ってしまったようだ……)
そもそも今まで男性と付き合った経験がないのに、急にアマリリスのように男性をコロコロと転がせる筈もなく……。
とりあえず本音でぶつかってみたのだが、見事に失敗してしまったようだ。
「もっ、勿論……かっこいいとも思ってますよ?」
「……フッ」
焦っているとユリシーズが吹き出すように笑い始めた。
美男子の笑顔は目の保養である。
(甘い……顔の破壊力がすごい)
ふと、真剣な表情に戻ったユリシーズが、髪を耳にかけた。
至近距離で感じる体温と逞しい身体と大きな手。
その瞬間、急にユリシーズを男性として意識してしまい、息を止めた。
「アマリリス、先程のことなんだが……」
「さっ…先程とは!?」
心臓の音がドキドキと音を立てるのを誤魔化した結果、声が裏返ってしまう。
「………?リノヴェルタ侯爵は、ルーシベルタの解放を手助けして欲しいと賄賂を渡してきた」
「え……?」
「父上に口添えしてくれないか、とな」
「!!」
「勿論、断った……だが相当焦っているようだ」
「あの人達がそんな事を……」
騎士として誇り高いユリシーズには侮辱ともとれる発言だと思った。




