42.二人の距離(4)
アマリリスが孤児院にいた時ーー。
シスターが「貴女が教会の前に置き去りにされた時……一緒に籠に入っていたの」と教えてくれた。
「高価なものだから誰にも知られないように箱に入れて大切にしまっておいた方がいいわ」と、言われていたのだ。
(良い人だったな……)
その後にリノヴェルタ侯爵家に引き取られた。
孤児が貴族の養子になる事は滅多にない幸運だった。
結果はどうであれ、このペンダントは大切な御守りだ。
どうやら大切なものは、これだけのようだ。
ロケットペンダントを持って、サロンへと向かった。
一応、扉をノックする。
サロンには険しい顔をしたユリシーズと気不味そうなリノヴェルタ侯爵達が向かい合って座っていた。
ユリシーズは此方を見ると「そろそろ失礼する」と言って直様立ち上がった。
リノヴェルタ侯爵達から憎しみの篭った視線が此方に向けられている。
その視線を遮るように腰に手を回して部屋を出るように促していた。
「………欲しいものは手に入ったか?」
ユリシーズの言葉にコクリと頷いた。
周りからは"アマリリス"に対して容赦のない言葉が浴びせられる。
「よくもまぁ次々と……」
「第二王子の次は月の騎士様ですって」
「性格は最悪だけど、そういう才能はあるんじゃない?」
「……しぶとい女」
コソコソと囁かれる悪口にユリシーズの足がピタリと止まる。
そしてユリシーズの雰囲気が一瞬でガラリと変わる。
鋭い視線が侍女達の元へ。
「ひっ…」と引き攣った声が聞こえる。
「リノヴェルタ侯爵………アマリリスは俺の妻になる女性だ。だがこの屋敷の者達は今、アマリリスに何を言った?」
「……っ、申し訳ありません」
「貴女たちッ!」
「……申し訳ございません!ユリシーズ様」
「ユリシーズ様、申し訳ありません」
「謝罪は俺にではないはずだ。此処の侍女はそんなことも分からないのか?」
ユリシーズの言葉に侍女達は震えながら下を向く。
こんな事は日常茶飯事だった。
しかし、誰もアマリリスを庇う味方はいなかった。
初めての感覚だった。
ユリシーズの言葉に、胸の中がじんわりと温かくなるのを感じた。
侍女達が唇を噛んでいるのをじっと見ていた。
アマリリスは、もうリノヴェルタ侯爵家の娘ではない。
まだユリシーズとは夫婦でも婚約者でもない為、アマリリスの身分はここにいる誰よりも低い。
そんなアマリリスに謝罪をすることはプライドが許さないのだろう。
しかし、ユリシーズは催促するかのように剣をカチリと鳴らした。
「っ……申し訳、ございませんでした」
「す、すみません…でした」
小さな謝罪は耳に届いたが、あまり気持ちのいいものではなかった。
何も答えないでいると更に険しくなる侍女達の顔。
ユリシーズが此方を見る。
まるで「どうしたいか」を問いかけているようだった。
「………誠意のない謝罪は必要ありませんから」
「そうか」
その言葉を聞いて、侍女達は怒りに震えているようだった。
余程、謝罪したことが悔しかったのだろう。
「次はないぞ…」
低く這うような声でユリシーズが再び言うと、リノヴェルタ侯爵達は烈火の如く怒っている。
ユリシーズの機嫌を損ねた侍女達が許せないようだ。
「………失礼する」
引き留めるリノヴェルタ侯爵達を無視したユリシーズは手を引いて屋敷の外に出た。
先程まで眩しいくらいに輝いていた太陽は、今は雲が掛かっていた。
リノヴェルタ侯爵と侯爵夫人と会話を交わす事はなかった。




