41.二人の距離(3)
「……アマリリス、行こう」
ユリシーズの声に意識がゆっくりと浮上する。
どうやら考え込んでいる間に、いつの間にか侯爵邸に到着していたようだ。
ユリシーズのエスコートで馬車から降りる。
屋敷の中に入ると、侍女達がユリシーズを見て色めき立っている。
ハーベイが来た時も、ここまででは無かったのに。
改めてユリシーズの顔を見上げた。
藍色の髪に金色の目……まるで夜空に浮かぶ月のようである。
優美な仕草、眉目秀麗とはユリシーズの事を指しているのだろう。
すると奥から現れたリノヴェルタ侯爵と夫人が、待っていましたとばかりにユリシーズを取り囲む。
「まぁ、ユリシーズ様……!よくいらしてくれました!」
「さぁさぁ!!是非こちらに」
「お、おい……!」
存在を完全に無視されているようだ。
ユリシーズだけを連れてサロンへと向かってしまった。
その場にポツンと取り残されたが、声を掛けてくれる者は誰一人いない。
(分かりやすい扱い。いつもの嫌がらせか……)
恐らくルーシベルタの事もあり、怒りをぶつけているつもりなのだろう。
それにルーシベルタがシャロンを突き落としたのはアマリリスの所為だと、未だに主張しているらしい。
(……うーん、どうすればいいかな)
出来ればリノヴェルタ侯爵と夫人の前に行きたくないだろう。
一歩踏み出そうとすると足が重たくなるような気がした。
(アマリリス、頑張ろうよ……大切なものを取りに来たんでしょう?)
心の中で話しかけてみるものの、恨みや憎しみは簡単には消えないようだ。
けれど逆に言えば、大切なものを取り戻せば、この家に用はないということだ。
リノヴェルタ侯爵家がその気ならば、こちらも気を遣わなくてもいいだろう。
勝手にすればいいかと、記憶通りに一人で部屋へと向かう。
ドアを開けると、埃っぽさに咳き込んだ。
アマリリスの部屋は以前と違い、大きく様変わりしていた。
(物置きにされてる……!)
ここまでくるとアマリリスでなくとも苛々してくる。
こんな家、追い出されて正解だと思った。
部屋の端にマゼンタ色や濃い紫のドレス達、そして豪華な宝石が積み重なっていた。
どうやらドレスや宝石は捨てるのではなく、金に換えるつもりなのだろう。
ふと、アマリリスが大好きだったマゼンタ色のドレスをそっと撫でた。
(もう私は、"アマリリス・リノヴェルタ"じゃないのに……)
アマリリスがハーベイとの婚約を望んでいたのもリノヴェルタ侯爵家に復讐する為だ。
けれど、今は赤の他人であるリノヴェルタ侯爵家…。
興味がないと思うその一方で"憎め恨め…そして潰せ"と頭の中に響くのだ。
「……目的のものは」
荷物だらけの部屋を隈なく探していく。
部屋の奥、目的の机を見つけて引き出しに手を伸ばす。
引き出しを引くと中身は全て空っぽ……捨てられたようだ。
けれどその奥に仕掛け扉があり、誰にも知られないように大切なものを隠していた。
その仕掛けはアマリリスだけしか知らないものだ。
アマリリスは誰も信頼していなかったのだろう。
そして、どうやら隠し扉の存在はバレていなかったようだ。
(良かった…!)
カタリと外れた仕掛け扉の中から出てきたのは、アマリリスが孤児院に居る時からずっと持っていた物だ。
アマリリスの大切なもの………それはアマリリスの瞳の色と同じ宝石が嵌め込まれたロケットペンダントだった。
中を開けてみると、何かの紋章が描かれているようだった。
(………何だろう。これ)
どうやらアマリリスにもその紋章が何なのかは分からないらしい。