40.二人の距離(2)
暫く考えた後、マクロネ公爵からの質問に答える為にゆっくりと口を開いた。
「ユリシーズ様は、とてもお優しい方ですわ」
「………ほう」
「……」
「それに正義感が強く、騎士達にとても慕われております。わたくしもユリシーズ様に何度も救われました」
「……!」
「無表情に見えますが、意外と感情は表に出やすいようです。それにユリシーズ様は意外と照れ屋でいらっしゃいます!あと女顔の事を気にしています」
「「…………」」
「筋の通った男らしく素晴らしい方です」
「そうか……」
(ちゃんと言えた…!)
微笑みながらユリシーズを見ると、何故か顔を伏せている。
いつの間にか惹かれている部分ではなく"アマリリスから見たユリシーズの印象"になってしまったが、思いつかないのでよしとしよう。
しっかりと伝えられてスッキリした気分だった。
牢の中でユリシーズと過ごした時間は、どれも温かい思い出ばかりだ。
「……ガッ」
「が……?」
「ガハハハハッ!!」
屋敷全体が揺れるような豪快な笑い声が響く。
「……そうか、そうか!!ユリシーズの顔の良さを褒めなかった者は初めてだな」
「顔………?」
そういえばユリシーズは端正な顔立ちをしている。
そこを褒めれば良かったのかと思っていると……。
「ユリシーズ、さすがだな。肝の据わった良い御令嬢を選んだではないか!!」
「はい、父上……ありがとうございます」
「???」
ユリシーズも安心したように笑っている。
マクロネ公爵は機嫌が良さそうにユリシーズと話をしている。
アマリリスとリノヴェルタ侯爵家の関係とは違って、マクロネ公爵とユリシーズは本当の親子のようだった。
髪色も顔も全く異なった二人だったが、中身はよく似ているような気がした。
そしてユリシーズに言われた通り、牢屋で刺繍したコレクションを持参した。
ユリシーズもハンカチを取り出して、マクロネ公爵に見せるように広げる。
刺繍を見たマクロネ公爵は「……素晴らしいッ!傑作だ」と、大喜びしていた。
どうやらユリシーズと同様、スカジャン刺繍シリーズを気に入ってくれたようだ。
マクロネ公爵は妻が病死してから後妻も迎えずに、男手一つで子供達を育てたのだそうだ。
マクロネ公爵と亡くなった夫人との思い出話や、ユリシーズを養子として引き取るきっかけや想いを聞いて、大号泣していると横から渡された龍と虎のハンカチ……。
使用するのは嫌なのかプルプルしながら訴えかけるような視線を送るユリシーズ。
ユリシーズの気持ちは嬉しいが丁重にお断りしてから、自分のハンカチを取り出した。
そこには鶴と梅が刺繍されている。
ユリシーズの熱い視線を感じながら涙を拭ったのだった。
次の日「どうしても行きたい場所がある」と、ユリシーズに相談した。
そして、ユリシーズに「一緒に取りに行ってくれないか」と頼んだ。
訳を話すと「直ぐに用意しよう」と連絡を取ってくれた。
行きたい場所………。
それは、リノヴェルタ侯爵家であった。
部屋にある荷物を取りに行きたかったのだ。
牢から出た後に何一つ自分の物を所持していないと気付いた。
アマリリスにとってリノヴェルタ侯爵家は憎むべき相手で、用がなければ必要以上に関わりたくはない。
しかしアマリリスの記憶によると、どうやらとても大切なものが此処にはあるようだ。
「……」
馬車に揺られながら胸を押さえた。
(ハーベイの時よりもずっとグチャグチャと黒い感情が湧き上がる。アマリリスは本当にこの家が嫌いだったのね………)




