35. 容疑が晴れても、その先は(6)
そして先程から思っていた事があった。
二人の顔を見た途端に、経験したことのないようなモヤモヤとした嫌な気持ちが湧き上がってきたのだ。
以前のアマリリスの気持ちが流れ込んで、体全体に広がっていくような気がした。
ハーベイの顔を見ていると自分が自分でなくなるような感覚に陥いる。
自分ではないので、当然といえば当然なのだが、これ以上はハーベイと顔を合わせたくないと強く思う。
ハーベイは「すまない」と「当然だな」と言いながら、何度も頭を下げている。
「お気持ちは嬉しいですが……ご自分が楽になる為の謝罪ならば、これ以上いりませんわ」
「!!」
「わたくしの地位も名誉も居場所も……戻る訳ではないのですから」
「……っ!」
そう言ってニッコリと微笑んだ。
ハーベイは口先では謝ってはいるものの"アマリリス"の為に何一つ動いていない。
結局はシャロンを選び、王家から渡される賠償金があるだけだ。
ハーベイの行動と謝罪の気持ちとが噛み合わない。
此方にとっては、自分の気持ちを消化する為の行動に見えた。
上辺だけの気遣いほど要らないものはない。
(同情するなら、金をくれ……なんてね)
シャロンもシャロンで、素知らぬ顔で髪をくるくると指で遊んでいる。
(筋が通っていない奴はクソだって、田中さんも言っていたっけな……)
言いたい放題に言った為か、胸焼けが少しだけ落ち着いたような気がした。
こうしていつまでもハーベイやシャロン、自分の家族を恨んでいても仕方ない。
次に進まなければ未来は切り拓けない。
(シャロンとハーベイには幸せになってもらって、借金がない静かな生活を歩めたら最高だ。その為にさっさと働き口を探さなくちゃ)
ユリシーズが心配そうに此方を見ている。
そんなユリシーズを安心させるように柔らかく微笑んだ。
「それに牢の中で悟りを開いたような気がするんです……今までの行いを反省して、これからは慎ましく生きていけたらと」
「……そうか。ルーシベルタ・リノヴェルタも反省してくれるといいのだが」
「そうですわね!でも残念ながら無理だと思います」
ユリシーズの言葉に間髪入れずに答えた。
先程のルーシベルタを見た限りでは、反省することは、まずないだろう。
そして気になるのは、ユリシーズと話す度に恨みの篭った視線を向けているシャロンだ。
シャロンは此方を睨んだり、ユリシーズに微笑みかけたりと忙しそうである。
「……これからどうする?アマリリス」
「わたくしは、平民になって伸び伸びと暮らそうかと」
「……平民!?」
「牢の中のように三食昼寝付きとはいきませんが、頑張って生きていこうと思います」
「まぁ、アマリリス様……素晴らしい決断ですわね!」
「!!」
「私は応援してますわ!心から」
「「……」」
シャロンは先程とは一転して生き生きとした笑顔を浮かべながら、この決断を褒め称えている。
そして今、様々な思惑が交錯していた。
ただ平和に暮らしたいアマリリス。
ハーベイはアマリリスに対して深く罪悪感を覚えているが、今から本格的にシャロンと婚約しようと動くだろう。
そしてシャロンはアマリリスが予定通りに、シャロンの前から退場することを心の底から喜んでいた。
アマリリスが牢から出てきたのは予想外であったが、平民になれば二度とシャロンと関わることはない。
未来予知は外れたが結果的には同じ展開になる。
そして、これからがユリシーズを手に入れる第一歩だと思った時だった。
そしてユリシーズは……。
唐突に前に跪くと、徐に手を取った。
「アマリリス……お前に結婚を申し込む」